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出会い
漫画や小説にあるような恋。小宇坂要(こうさか かなめ)との、あのわずかな交際期間はきっとそんな恋だったのだろう。
だけど僕はそれが初恋だった。
交差点で信号待ちをしていたとき、呼ぶ声に僕は振り返った。
「握手をしてもらえませんか」
そう言って手を差し出してきた彼を、自分よりもずいぶんと小さい生き物だな、と思った。
僕は相手をぶしつけに眺めて、眉をひそめる。
「人違いをしているんじゃないか。どうして僕と握手がしたい」
「間違ってなんかいませんよ。だって君は左近享士(さこん りょうじ)くんでしょ?」
「そうだけど」
「お願いします。どうか」
真剣な目をして彼が頭を下げて頼み込んでくる。年の頃は僕と同じ十七か、十八歳といったところだろうか。自分よりも背が低い彼のつむじを見下げながら、僕はどうするものか迷っていた。
―まいったな。握手っていっても。してやる義理はないんだけど。
心を落ち着かせるために、ふう、と一つ息を吐き出す。
―まあ別に。いいか。握手くらい。
気楽に考えることにして、僕は彼のほうへ右手を差し出した。
「じゃあどうぞ」
「! ありがとう!」
顔を上げて、ぱあっと輝くように明るい笑顔を見せた彼が僕の手を取った。手を握り合わせ、少し振るように手を揺り動かす。
彼が呟いた。
「……嬉しいな。こうしてもらうのが、念願だったんです。本当に」
「え?」
彼の手が離れていく。
そしてその直後、一瞬めまいがして、僕は「あれ?」と独り言を言いながら自分の額を押さえた。目の前にいる相手を確かめるように、まっすぐに、視線を向ける。
その少年は僕と同じN高校の学生服を着て、通学用の鞄を肩がけにしていた。小柄な体格をしていて、知っているかぎりでは人と話しているとき、その表情が豊かに変わる。明るくてよく笑う感じの良いクラスメイトだった。
「……小宇坂、だっけ」
「そうだよ。同じクラスでしょ。でも三年で初めてクラスが一緒になってまだ日が浅いから、あまり話したことはなかったよね。おれは小宇坂要。駅に向かっているんだよね? ひょっとして帰る方向が同じかも、って声をかけてみたんだ。一緒に帰らない?」
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