秋月のまじない

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 そんな時だった。    ふと、彼の横を何かが通り過ぎたのである。    彼は不思議に思い、通り過ぎたものが何であったか目をこらすが、何もなければ、誰もそこにはいない。   「はて… 気のせいであろうか」  と彼はつぶやいた。辺りは徐々に暗くなり、陽を失った風は彼の体を冷たくする。冬の訪れすら感じさせる空気に、ぶるっと身震いした惣右衛門は、もう一度帰り路を急ぐことにした。しかしそんな彼の横をまた別の何かが通り過ぎたのである。その時彼の耳にははっきりと「お待ちくだされ!」という声が聞こえたのだ。    こうなるともはや気のせいではすまされない。彼はつられるようにしてその何かが通り過ぎたその方角に向かって駆け出した。それが何なのかは未だに分からず、それを知ったところで何があるわけでもないのも分かっている。それでも彼は、ある種の使命感のようなものにかられて、二つの何かを追いかけていった。  そしてついにその二つの気配が消えたその場所までたどり着いた。  そこは彼が毎日手を合わせる、大きな石のある場所。  そして、この場合「消えた」という表現は正しくない。なぜならその二つの気配は未だにそこにただずんでいるのだから。それでも彼がそう思えたのは、それが彼の目の前ではなく、彼の手が届かぬ前方の上空にふわふわと浮かんでいたからである。  惣右衛門は、この時点でこの二つの気配がなんであるかについて、鋭く勘を働かせていた。  そして、上がった息を整えながら、彼はゆっくりと目を閉じる。もはや目で何かを見ることは、全くの無意味であることを十分に理解しているからであり、この二つの気配について、少しの間だけでも想いを馳せることにしたのだった。    
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