秋月のまじない

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 そこに「うう…」という半べその声が聞こえてきた。惣右衛門はその方に目をやると、なんと石の上にいる少年よりも一回り体の小さな別の少年が、懸命にその岩山に挑んでいるではないか。  とてもじゃないが一人で登り切ることは無理だとしか思えない。  危なっかしくて見ていられぬと思った惣右衛門は、思わずその手を伸ばそうとするが、彼はその手を伸ばすどころか、動くことすらかなわなかった。どうやらこの景色の中の一部として、彼は今ここに存在しているようだ。  惣右衛門は「むむむ…これは参ったのう」と、もどかしそうに唇をかみしめるその間にも、少年は苦しさのあまりに涙を流しながら岩山に挑み続けている。  手は痺れ、力を込める為に止めていた息は行き場を失って、胸の内が破裂しそうなほどに苦しいに違いない。それでも彼は諦めることなく震える手を伸ばし続けた。   ――負けるな! 這い上がれ!!  その言葉こそ、少年が自分に唱え続けたまじない。それは幼い彼が、事あるごとに秋月の地の大人たちから聞かされていた言葉なのだろう。それを口にすることで、少年は誰にも負けない力が沸き上がるような錯覚に陥っていたのかもしれない。現に少年の小さな左手からは、つかんだ石を意地でも離さない固い意志を感じられた。    そして…   ――うあぁぁぁぁぁぁ!!!     
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