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秋月のまじない
それは将軍も神君家康公から秀忠公へと代替わりし、いよいよ徳川の治世が盤石になろうかというその頃のこと。
政治の中心である江戸の街から遠く離れた筑前国の秋月という地に、惣右衛門という初老に差し掛かった男が静かに余生を過ごしていた。そして彼は、この日もとある石の前に立って静かに祈りを捧げていたのである。
拝むというのではなく、祈るとしたのは、彼が敬虔なクリスチャンであったからだ。しかし、どんな信仰を持っていたとしても、石の前に立てば思わず手を合わせてしまう。
そんな不思議な力を石からは感じられた。
そして、石に手を合わせた誰もが、由来する二人の侍の事を思わざるを得ないのは、秋月の地に住む者たちにとっては、もはや生活の一部と言えよう。
その意味において惣右衛門などは、新参者と言えなくもないが、彼とて例外ではなかったのであった。
そんな惣右衛門の横顔に、近くの山から下りてきた秋風が優しく触れて過ぎ去っていく。
それを合図にと、彼は顔を上げてその山の方へと目を向けた。
霊峰と呼ばれている古処山。
かつて難攻不落とうたわれた城が立っていたのだが、今は見る影もなくうっそうと木々に覆われている。
ここらが紅葉の名所とうたわれているように、山のあちらこちらが燃えるような赤に染まっているのが目に入ると、惣右衛門の胸の内は心なしか踊るようであった。
「そろそろ…かのう…」
そう彼は誰ともなしに呟いた。気付けば辺りは橙色に染まりだしている。彼は暗くなるその前に自分の屋敷に戻ることにした。
ここらは古くから「筑前の小京都」と呼ばれるほどに栄えた町。それでも遠い京の地に比べれば、自然も豊かでのどかな街並みが続いている。
春になれば桜が咲き誇り、秋になれば紅葉に燃える… そんな風光明媚な景色と、人々の営みが絶妙に織り成す光景は、この地ならではのものと言えるかもしれない。
その地をかみしめるようにして惣右衛門は歩いていた。
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