距離

36/46
前へ
/235ページ
次へ
「そう」 女の子の主張に答えると「じゃあ、帰ることにするから。えっと、教えてくれてありがとう」と踵を返して、今来た道を戻りだした。 そんな真琴の背に向かって優愛が「あんまり好きじゃないなら歩を返してよ!」と叫んだ。 真琴は上げかけていた左足をそのままアスファルトに下して、振り返る。 「好きです。あんな優しい人いないから、誰にも渡したくない」 優愛は思わぬ反撃だったのだろう、少し怯んで上目遣いで睨んでから「あっそ」と不貞腐れた口をきき、つかつかと歩いて真琴の横を通り過ぎて、そして駆け出して行った。 去っていく若い後姿を見送りつつ、腫れた右手を左手で包んだ。 カナダに……歩がカナダに。 私のせいでこの店にこれなくなってカナダに行ったのなら、連れ戻さなきゃ。 大事な人なのだから。 これ以上、自分のせいで歩の生き方を変える訳にはいかない。 ミニスカートが道の角を曲がって消えて行った。 既にカナダで働きだしているのだろうか? まさか、そんなこと……。 真琴は急に居ても立っても居られなくなって、前のめりになって動き出した。 動く足は速く、前へ前へと急いて行く。 歩をとめなくちゃ。 その一心で、とにかく家に戻って歩の行き先が分かるものを探してみようと、早足で家路を急いだ。
/235ページ

最初のコメントを投稿しよう!

788人が本棚に入れています
本棚に追加