距離

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家に着いた真琴は足にくっついて離れないパンプスのハイヒール部分を掴んで、無理やり引っこ抜いて投げ捨てた。 ポイポイと投げ捨てると、廊下を進んで行き、歩の部屋の前に立った。 最近、毎晩歩の部屋で寝ている。 だから、勝手に入ることも許してくれるだろうと、自分の中の引っ掛かりを押しやってドアを開けた。 シーンと静まり返っている部屋の電気をつけて、明るさに一瞬目を閉じる。 瞼を上げると部屋の奥に最近一緒に寝ている、黒色カバーが掛かったベッド。 顔を左に向けると、黒い絨毯の敷かれたパソコンデスク。 そこに表面が見えないようにひっくり返されたA4サイズの用紙を見つけた。 小さな葛藤の後に手を出してそれを表に返した。 なにこれ……。 最初に浮かんだのはあまりに酷い待遇に驚きだった。 そして、怒り。 カナダの一般的な雇用状況はわからないが、日本の基準からしたら、これの金額はアルバイトだ。 福利厚生もないし、契約の期間だって一年になっている。 あんなに凄いアスリートの歩に、これを渡すの? バカにするにも程がある。 でも、歩はカナダに行ったらしい。 こんな酷い仕事を受けるほど追い詰めてしまったのだろうか。 真琴は唇を食んで激しくなる動悸に顔をしかめた。
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