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歩は真琴の髪から落ちてきている雫が目に留まり、真琴を包んでいるバスタオルの端っこを持って、それを吸い取った。
「勘違いしてないか? 俺はもともとやってる仕事の用事でカナダに行ってたんだけど? あの眼鏡の仕事なんてやる気はない」
「もともと? 新しい料理を学びに?」
真琴は真剣そのもので歩に問うが、歩の方は顎を引いて驚いた顔をしてから言う。
「あっちは……副業。話すと長くなるからそれは置いといて、真琴仕事どうした?」
真琴の目がゆらゆらっと左右に彷徨ってから、濡れた髪を垂らして俯いた。
「うん、私……もしかすると首になるかもしれない」
今度は歩が驚く番だった。
「なんで?」
問われた真琴はタオルと掴んでいた右手を左手で咄嗟に覆ったから、歩はその手がうっすら赤いことに気が付いた。
真琴の左を掴んで引き離すと、やはり右手は赤みを帯びていた。
「どうした? これ」
どうしてこうなったかなどとは聞いてない。
人を殴ってなったのだと言うことくらい、歩にもわかる。
誰をなぜ殴ったのかを問いたかった。
真琴は唇を引き結んで言いにくそうにしてから、しかし口ごもりながら「瀬戸さんなぐちゃって……」と上目づかいで歩の顔色を窺っていた。
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