花火の見える丘へ、

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見下ろした町にはまだ夕焼けが残っていて、花火が始まるには少し早すぎたようだった 「じゃあ、また来年も来ようね。絶対忘れないでよ」 「ああ、忘れないよ」 「絶対に?」 「絶対に。」 「絶対に絶対に?」 「ああ、絶対に絶対に」 「ふふっ、約束ね」 ……約束。 そう、約束だ。だから僕は今日こうして登っている。 紅色に染まる夕焼け空を見上げながら、僕は息を整えた ……約束した彼女の姿は、隣に無いけれど。 僕はそこにゆっくりと腰を下ろす。ひんやりとした空気が吹き抜けて顔を撫でていった あの日頬に触れた、冷たい手を思い出す ーー私のことは忘れてね。大学に行ったらサークルに入って彼女を作るんだよ。朝はちゃんと起きて遅刻しないように、もう起こしに行ってあげれないからね。それから、それからーー あの時、彼女を心配させないように僕は強がってたっけか。それとも女々しく泣き喚いていたっけか。それはもう覚えていない ただ、それでもしっかりと覚えている 忘れてね、と。白い部屋で、ツンと鼻をつく匂いのするあの部屋で、彼女は確かにそう言ったことを 「悪いな……」 あの日どんな話をしたか。一言一句思い出しながら登れるほどに、まだ忘れられてないんだわ 彼女の座っていたあたりに手を伸ばす。手はそのまま空を切った、当然か 「……花火が上がるには、ちょっと早かったかな」 独り言は夕日と一緒に吸い込まれて落ちていった。暗くなるまで、そんなに時間はかからなかった 町の明かりも、喧騒も届かない丘の上。世界は暗闇に包まれ静まり返っていて、まるでこの世界に一人ぼっちになったみたいだと思った 花火はまだ上がらない。 忘れてね、と。言った彼女のその全てをーー僕は今も忘れられずにいる
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