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だから古株の私が繰り上げで昇進しただけだというと,里香はやはり無邪気に「謙虚なんだから」と笑う。
舌の上に苦いものが込み上げた。
今の仕事は別に天職じゃない。単にお金を稼ぐためだけの労働だ。
会社も別に私じゃなくていい。
たまたま応募したのが私だったから、タイミングがお互いに合ったから雇われているだけで、適度な経歴と能力、協調性があるなら誰でもいい。
私が抜けたら私の席はすぐ別の人で埋まるだろう。
私と会社だけじゃない。
世の中に溢れている「仕事」はきっと、大半がその程度のものだと思う。
「でも休みが少し選べるようになるのと、給料上がるのは嬉しいかな」
けれど、私から仕事を取ったら何が残るのか。
無職、独身、三十路、実家暮らし。
耳をふさぎたくなるような肩書きが増えるだけ。
だから、私は仕事にしがみつくしかない。
転職して、今よりいい会社に入れるとも思えない。待遇が悪くても惨めでも上司やクライアントが嫌いでも、自由と収入と体面を守るためにひたすら働く。
喜怒哀楽、躁と鬱の波に振り回されながら、やりがいがあるふり、仕事が好きなふり、忙しいふりをする。
ーーーーそういう演技をしてやっと、私は世の中に受け入れてもらえる。
そんな気がする。
「いいなあ、昇進。手に職あると心強いよね」
何気なく里香が呟く。
不意に、女にとって結婚や出産と仕事はよく似ていると思った。
いずれも「一人前」という肩書きを手に入れるために用意される仰々しいイベント。それらに付随する億劫なミッション。
「復職しないの?」
「うーん、やっぱり子供たちが自立するまでは家にいてあげたいんだよね。伯母さんみたいに」
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