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 *  *  * 「あのさ。私だって彼氏ぐらいいるんだけど……」  手渡したパンフレットをテーブルに放り投げると、早苗は顔をしかめた。 「うそ、いつから? どうして教えてくれなかったの」 「いちいち親に報告する年齢でもないじゃん」 「結婚の話は出てるの?」   自分が前のめりになっていることに気づき、慌てて背筋を正す。  そんな私を顔をしかめて睨む娘の早苗は先月、三十歳の誕生日を迎えた。 しかし結婚どころか、未だに家を出る気配すらない。      「お互い仕事も忙しいし、そんなこと考えてる暇なんてない」 「そんな……もう三十なのよ。あなたも先方も、ちゃんと考えているの?」  思わずたしなめると、娘は心底うんざりしたように私を見下ろした。 「何それ。なんでお母さんに、そんなこと言われなきゃいけないの?」  夫に助勢を求めるが、他人事のような顔で新聞を読んでいる。 「パパ、聞いてる?」 「……はいはい、聞いてるよ」 「他人事みたいに黙ってないで、何とか言ってやってよ」  盾のように構えた新聞紙を下ろし、夫が億劫そうに口を開いた。 「あのな、お父さんたちの時代にはクリスマスケーキと言って、二十五歳までに結婚できない女は……」 「それ、自分の妹に言ったら?」  言葉に詰まる父親を、早苗が鼻で笑う。  夫の妹……つまり私の小姑は未婚の母だ。  しかしその小姑が三十二歳で産んだ姪ですら、四年前に授かり婚を果たした今では、れっきとした二児の母をしている。 「午後からユキナと映画行ってくる。晩ご飯は外で食べてくるから」 「えっ、彼氏とじゃなくて?」  娘はあからさまに冷めた目で私を一瞥した。流しに食器を運ぶなり、二階の自室に籠もってしまう。  婚活パーティーのパンフレットを拾えば、大きなため息が漏れた。表紙には仲睦まじく寄り添い、微笑む男女が写っている。  ――――これがきっと、世間から求められる「模範」の姿だ。
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