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「じゃ、行ってきます。九時頃には帰るから」  そう言って家を出る娘の恰好に、内心肩を落とす。  色落ちしたジーンズにうっすら毛玉の浮いたニット。適当なお化粧に踵のつぶれたパンプス。こんな服装でデートに行く女の子がどこにいるだろう。 いやーーーー30歳になれば、もう「女の子」と呼べる年齢ですらない。  そもそも激務で不定休の娘が、いつ彼氏と会っているのだろう。お互い時間は合うのだろうか。  現に、今日だって――――そんなことをぐるぐると悩み掃除機をかけていると、あることに気付いた。  早苗はともかく「向こう」はどういうつもりなのだろう。  二十代ならともかく、三十代の女と付き合っておきながら結婚は考えていないなんて、そんな虫のいい考えが通用すると思っていられては困る。  しかし早苗の口振りでは、彼氏がうちに挨拶に来る予定すら無さそうだ。 「あっ」    掃除機のノズルを早苗のカバンにぶつけてしまう。 ビジネスバッグから、書類やらファイルがばさばさと飛び出した。  小さなミスに舌打ちをこらえ、掃除機の電源を消してしゃがみ込む。  床に散らばったファイルの隙間から、何かが赤く光った。 ファイルをどけると、黒いスマホが転がっていた。赤いランプがチカチカと点滅している。 「やだ、あの子……」  スマホを忘れて行ってしまったのだ。行き先を詳しく聞いていないので、こちらから届けようがない。  赤いランプが自己主張するように点滅し、時折、液晶画面がぱっと光る。メールが届いているようだ。
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