第三章 Halte die Fahne hoch!(1)

76/77
81人が本棚に入れています
本棚に追加
/609ページ
叛服常なき心性も『昨日の敵は今日の友』という国衆建軍以来の理念を思えば何も咎めたてられる謂れは無いとオフターディンゲンは確信していた。 どんな恋にも必ず終わりが訪れる様に、武人同士の友誼と盟約にも永続など有り得ないことを認めようともしない事こそ物知らずであり恥知らずだと彼は憫笑を禁じ得なかった。 恥知らずよ、恩知らずよと詰る連中のみっともなさは甚だ正視に耐え難い。 きっとこうした輩は、去っていく恋人にしつこく追い縋って、御馳走した料理の品数や贈り物の額面を並べ立ててみせて薄情者、裏切り者と罵るに違いない。 独立独歩の気風を誇る国衆士族なればこそ、生涯を戦場で全うせねばならぬ運命なればこそ現実にはとことん冷徹であらねばならぬと信ずるが故にヘルマン・オフターディンゲンは国衆らしからぬ冷血漢の謗りを受けるのであった。 今般の『ホーエンローエ軍管区』率兵上訴についてオフターディンゲンは「言い分至極尤も」との見解を示している。如何に尊敬に足る盟友ヴィルヘルム・フォン・ルフト大将領とて、謀略に淫し徒らに軍管区の静謐を掻き乱したとあっては擁護の余地は無い。 さりながら、頭に血の昇った『ホーエンローエ軍管区』の矯激な行動に気安く与するのは危険である。ルフト大将領を誅し『オルデンブルク軍管州』を掌握したとて、隣接する『ヴィッテンベルク州』には帝国元帥カール・フォン・クロイツ率いる東方軍四個軍団と親衛軍少将ディートリヒ・ブラウンシュヴァイク大警視率いる警察旅団が控えている。 現在は州都ヴィッテンベルクでの不平貴族鎮圧に忙殺されてこそいるが、鎮圧が完了すれば忽ちその矛先を軍管州へと転じるであろう。 ルフト大将領を討った後、円滑に政治的交渉に移れるか否かが『ホーエンローエ軍管区』の命運を分ける。 諸々の状況を鑑み、早々に去就を明らかにするのは得策ではないと判じたオフターディンゲン将領は『ホーエンローエ軍管区』より遣わされた使者には御誂え向きの返答を与えながら狸寝入りを続ける事を選んだのであった。
/609ページ

最初のコメントを投稿しよう!