序章 皇帝の旗のもとに

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「踏み留まれ! 総員、皇軍の本懐を示すは今ぞ!」 累累たる屍の山を踏み越えて押し寄せる敵兵を斬り伏せ斬り伏せ、灰色の髪の若き将軍は血塗れの麗貌を歪ませ獅子吼する。 三度にわたる突撃に立ち向かう内に、金の肩章と刺繍に彩られた華麗な黒地の軍服は血と汗に濡れそぼち、銃剣の刺突と軍刀の斬撃によって彼方此方が無惨に切り刻まれ千切れかけている。 既に愛馬は倒れ、将帥みずから(かち)にて剣を振るいつつ、周囲の将兵に督励の檄を飛ばすも方陣を組む兵士達は敵の猛攻の前に次々と倒れてゆく。 此処、シャルロッテンベルク橋を巡る戦闘に於いて、ヴュステンフォルト伯爵ギルベルト・ヴォルフラム・フォン・ローゼンベルク将領率いる皇帝軍右翼は討伐軍の猛攻の前に壊滅寸前にまで追い詰められていた。 熟練の戦巧者、ヘルマン・ギースラー少将率いる征討軍左翼の用兵は極めて精緻で一分も付け入る隙を与えぬ。 巧妙に側面を衝いた神速の別動隊ははやギルベルトの本陣をも食い破らんとし、絶体絶命の窮地に陥った将帥のギルベルトも、討死の覚悟を固めつつあった。 而るに、皇帝おん自ら率いる別動隊が戦場に駆け付けるまでは敵手をひしと受け止め時を稼がねばならぬ。 いと高らかなる喇叭が鳴った。 騎兵突撃の号令である。 ギースラー少将は、遂に若き叛将に引導を渡さんと決したのである。 緋色の羽飾りの軍帽と青と銀の装飾に彩られた軍服を纏い、槍を携えた騎兵の列がけたたましい帝国万歳(ジーク・ライヒ)の怒号と共にまっしぐらに押し寄せた。 征討軍最強の誉れを受けた戦乙女の恩寵篤き第三槍騎兵連隊が、遂に戦場に投入されたのだ。 「皇帝陛下万歳(ジーク・カイゼリン)!! 皇帝ザビーネ・マリア陛下万歳!!」 敵軍の万雷の号令に抗して絶叫を迸らせたのは、旗揚げよりこの方ギルベルトに従ってきた国衆(ランツクネヒト)のゲオルク兵長であった。 筋骨隆々たる若き兵士は満身創痍ながら未だ意気衰えず、攻めかかる騎兵どもを仕留めてくれんと眼を爛々と燃え立たせている。
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