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バッハオーフェン総統の謀略により国衆の自治は奪い取られ、彼の腹心どもの下に国衆士族は屈服を余儀無くされた。
しかし、国衆の誇りと勤皇愛国の志は熾火の如く燃えていた。
強圧と奸計とをもってしても、幾百星霜を経て醸成された自由と独立の心を挫く事は叶わなかったのである。
バッハオーフェン総統は皇都大番役で上洛する国衆達に爵位や勲章、官職の斡旋を以て手懐けようと試みたものの、彼らの矜恃は毫も揺らがなかった。
羆将軍の勇名を以て天下に名高く、皇帝ユリウス一世、フリードリヒ・ヨーゼフ三世の信任篤きシュポンハイムの将領アレクサンドル・エーベルハルト・クロプシュトックに至っては親衛軍将官の椅子も伯爵叙任の推挙も辞して、バッハオーフェンの膝下に屈するを潔しとしなかった程である。
而るに如何に誇りを全うし、節を潔くしても総統体制に組み込まれた国衆の現状を覆す事は能わなかった。
現在の国衆将士もまた、檻の中の鷲同然だった。
高貴な瞳で睨めども、大きな翼をはためかせども、全ては徒事である。
自由の広野は、今や広壮なる獄舎と化した。
麗しい山河も、豊かな穂波も、眼に見えるものは何も変わりはしなかったけれども、確かにオルデンブルクの大地の変化を鮮やかに浮かび上がらせた。
オルデンブルクの民、国衆の声なき悲しみが嘯嘯たる風に交じって今日も彼方へ吹き抜ける。
〝はためく軍旗の声の、えも言われぬ侘しさは何だ?〟
栄えある連隊旗のはためきに、馬上のギルベルトは苦々しい感慨を懐く。
雄大なるわが祖国の風光が、何にも増して己が誇りを傷付け胸を傷ましめる哀しみを、若き連隊長は美しい鉄面皮に押し隠し演習地への進発を号令した。
第一章 Ende
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