序章 皇帝の旗のもとに

6/6
81人が本棚に入れています
本棚に追加
/609ページ
ザルツァ川下流シャルロッテンベルク橋より後退した国衆ホーエンローエ軍管区将領フォン・ローゼンベルクを討つべく、征討軍右翼は要地シルフェンモールをがら空きにしてシャルロッテンベルク方面に殺到した。 皇帝軍右翼を敗り、そのまま中央の帝国軍本隊の後方連絡線を絶つ-この鮮やかなる勝利の方程式に則りブラウンシュヴァイク将軍は〝見事に〟術中に陥ったのである。 ブラウンシュヴァイクは、勇気と思慮を兼ね備え、若くして将星に列した英傑である。 しかし、彼は皇帝と号する少女の覚悟と彼女を擁する(つわもの)達の力量を見誤っていた。 今や、かの少女は『シェルディング会戦』の敗将、不平貴族グナイスト男爵ではなかったのである。 皇帝ザビーネ・マリア率いる別動隊は作戦通り手薄となったシルフェンモール村を突破し、征討軍の総大将-征討使法眼神祇大祐(ほうげんじんぎだいじょう)ディートリヒ・ブラウンシュヴァイク親衛軍中将の本陣の側面へと躍り出た。 戦場を吹き抜ける風が濃密な血の臭いを運び、人界の闘諍修羅を見下ろす鴉の群れの嘲笑が谺する。 生臭い風に長く艶やかな黒髪を棚引かせた軍装の少女は羽飾り付きの軍帽の下の黒々とした眉を寄せ、すうっ、と息を吸い込んだ。 華奢な身体に纏う竜騎兵将校の軍服の上に白い外套を翻し、葦毛の軍馬に跨がった齢十七の少女帝(カイゼリン)ザビーネ・マリア一世は手にした皇帝旗を右手に高く掲げ、剛力無双の臣下達に号令する。 「私の命、君達に預けた!」 か細い体躯から発せられた声は玻璃の鐘を思わせて、繊細ながらも凛と澄み渡っていた。 〝Sieg Kaiserin!(皇帝陛下万歳)〟 歴戦の戦友達は雷鳴の如き閧を以て少女に応え、抜き放った軍刀を頭上高くに翳す。 「全軍、突撃(ダス・ガンツェ・シュトゥルメ)!!」 ザビーネ・マリアは愛馬に長靴の拍車を当て、双頭獅子に帝冠を描いたホーエンシュタウフェンの皇帝旗を掲げて敵陣へと自ら先陣を切って突撃を敢行する。 蜃気楼の如く現れ出でた近衛部隊を前に、さしものブラウンシュヴァイク将軍も動揺を禁じ得ぬとみえて、側面からの突撃に備える陣形の転換は混乱と徒な狂騒を巻き起こした。 並みいる武人達を差し置き先駆けとなる少女の眼に恐怖の色は無い。 凛然とした瞳は真っ直ぐに敵陣を見据え、毫も揺らぎはしなかった。 軍装の少女は敵陣目指して遮二無二疾駆する。 平原を吹き抜ける一陣の風となって。 序章 皇帝の旗のもとに Ende
/609ページ

最初のコメントを投稿しよう!