3.ヒト≒ニンゲン

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「今日はここに潜ってみるかな」  水着姿になって紐で腰に防水ライトをくくりつけると、彼は思い切りよく湖に飛び込んだ。  ほとんどが金属でできた身体は浮かび上がることはなく、冷たい色に染まった世界に深く深く沈んでいく。  やがてたどり着いた水底から、上を見上げる。  太陽の光が揺らめく水面から差し込んで、淡く白いカーテンを作っている。その白い揺らめきの中を、魚の群れが横切っていくのが見えた。  アオはこの景色を見るのが好きだ。  それよりももっと好きなのは『宝探し』だ。  遠い昔、ニンゲンがまだ血と肉の身体で生きていた頃、世界は一度海面の上昇によって滅びかけている。  『旧人類』の遺跡のほとんどが水の底に沈んでいるのはそういうわけだ。  この湖も、一度海の底に沈んだ後、水が取り残されてできた。  長い時を経て淡水湖となったが、かつてはここも周辺の森と一緒に海に沈んでいた場所なのだ。  『旧人類』の遺産の有用性は証明されているのに、きちんと研究している学者が少ないことが惜しい。  どういうわけか、血肉でできていた頃のニンゲンのことには無頓着なヒトが多いのだ。  ヒトビトはニンゲンを健忘する。ニンゲンの文化に囚われながら、不自然なほどに。 「ロマンだと思うんだけどなぁ」  アオは常々そう思っている。  サルベージャーだって、『旧人類』の技術を解析して活用するためや、彼らが遺したレアメタルやら何やらを回収するために働いているのであって、趣味=仕事というわけではなかった。  理解者はなかなかできない。  アオはレアメタルなどの資源や、高値のつく発掘品を探すことにはさほど惹かれない。  ただ、水の底でしか見られない、自分たちの先祖がかつて生きた証を、この眼に焼き付けておきたいだけだ。  初めて遺跡を見に水の中を歩きに行ったのがいつだったか、もう覚えてもいなかった。  圧縮処理された記憶の彼方だ。いつの間にか習慣になっていた。  何かを探そうとしていた気もする。  今は欠片もそんなことを考えていないが、一番初めはもしかすると、一獲千金を狙っていたりしたのかもしれない。
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