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それなのに、どうしてだろうか。
猛烈な感情の嵐が急に襲ってきて、アオは立ち止まってしまった。
その感情をどういう風に表現すべきなのか、その時のアオには表現することができなかったのだが。
ずいぶん後になってから思い返した時、その感情は『郷愁』と呼ぶべきものだった。
懐かしくて、切なくて、美化された思い出を捨てきれずにすがるような。
だからアオは一度だけ、煙を吐き続けるカプセルを振り返ってしまった。
そこに何があるのか、後から考えれば何となく予感するところがあったのかもしれない。
――そこには少女がいた。
クジラ型の装置がぱっくりと開いて、リクライニング式のシートがゆっくりと起き上がる。
未だに溢れ続ける水蒸気の中で、今の時代には珍しい十歳ほどの年齢設定の『子供』がうっすらとその目を開く。
一糸まとわぬ裸体のその少女はぼんやりと、辺りを探るように眺めていた。
そしてアオの視線と、その少女の視線が絡み合う。
「……コドモ?」
アオの小さな呟きに、彼女は大きく目を見開いて、そして。
「うわぁぁぁぁん!」
「え、えええ!?」
まるで産声をあげる赤ん坊のように、声をあげて泣き出した。
思えば、それが始まりだった。
いや、もしかするとギンが『天国』に行った時に、すでに始まっていたのかもしれない。だけど間違いなく、運命の輪が回りだしたのはこの瞬間だった。
――その日アオは、恐らく二百年ぶりくらいに、『人間』と再会した。
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