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この世界は天国に遠すぎる。
あまりにも遠くて、遠くて、届かなさそうに見えるから、かえって焦がれてしまうのかもしれない。
「俺、そろそろ『天国』へ行こうと思うんだ」
だから彼からその言葉を聞いた時もさして不思議には感じなかった。
自分にも、確かに少しくらいはその場所に対する憧憬じみた感情があったからだ。
終わらない、終わる理由もないあまりにも長い人生は、時に怠惰なルーチンワークに成り果ててしまう。
「お前、それ、カノジョに言ったのかよ」
あえて意地の悪い質問をしてしまったのは、もちろん引き止めたい気持ちがあったからだ。
「言ったさ」
意外にもあっさりと彼はそう答えて。
「好きにしろボンクラ、って言ってたぜ」
「殴られただろ」
「ああ、殴られた」
苦笑交じりに頬を指差された。そういえば午前は姿が見えなかったと思ったが、もしかすると殴られて怪我をした部分を交換しに行ったのかもしれない。
(……これから『天国』に行くのに?)
身辺整理の一環なのか、単に最後に格好悪い所を見せたくなかっただけか。
それでも、彼は行くらしいのだ。
「……『天国』はそんなにいいところなのか?」
ほんの少し前まで、彼は『天国』に行くなんて馬鹿げたことだと言っていたはずなのに。
「さぁ。……何ていうか、行きたい、じゃなくて行かなければならない時が、ある日突然来るんだよ」
「なんだそりゃ」
「わかってしまった時は、俺が『天国』で出迎えてやるよ」
「そうか。百万年後に会おう」
「来る気はなさそうだな」
ははは、と乾いた声で笑うと、彼はまるで明日も会うみたいな仕草で片手をあげて踵を返した。
「良い旅を」
背中を向けた彼は、もう振り返りもせずに、ただひらひらと片手を振った。
「アオ! ねぇ、さっきのってギンじゃない?」
すぐそばの建物の窓から、女の子の声が聞こえてくる。
アオ。自分の名を読んだ彼女は、二階の窓から顔を突き出していた。派手なコーラルピンクの髪が眩しい。
「そうだけど……どうかした? サンゴ」
「どうして引き止めなかったの! ギン、『天国』に行くって言ってたのよ!?」
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