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よて亭までの道のりがあまりに短かったので、アオはまだこの女の子に関する重要ないくつかの事項を伝えきれていなかった。
そのうちのひとつ、ある意味最重要項目は――。
「この子、充電できないんだ!」
サンゴは立ち止まり、半身をひねって振り向いた。
人気ダンサーの面影が失せるくらいに珍妙な表情をしている。顔芸の域。
「…………はぁ? どこの世界に充電できないヒトがいるのよ」
「ここに! ここにいるよ!」
アオが肩に載せていた女の子を腕に移動させつつそう答えると、サンゴはもう一度心をこめて「はぁ?」と不審そうな声をあげた。
「ヒスイ姉さんにも説明しないとだし、いちからちゃんと話すよ」
「え、マジな話なの?」
「マジな話じゃないと思っていたのか……」
いささか呆れながら、アオはため息交じりに店内に続く扉を開いた。
カウンターの内側で、ヒスイが何やらスープを煮込んでいる。
美味しそうな匂いにつられたのか、女の子のお腹はますますぎゅるぎゅると鳴った。どうやら空腹を感じると鳴るらしい。
今のヒトにおける空腹は充電不足、というのが通常の認識だ。
食べ物はあくまで嗜好品。だけど昔の名残なのか、ヒトは充電不足も『空腹』と表現する。
だけど、この女の子にはヒトに必ずあるはずの充電コネクタがない。
そして今、ひっきりなしにお腹を鳴らしている。
(いや、うん……可能性はある、とは思っていたけど)
改めて目の当たりにすると、どうすればいいのかわからなくなる。
「ヒスイ姉さん、この子にスープとパン、わけてあげて」
「んー? え? 何、その子」
アオとサンゴだとわかっていたからか今まで鍋の方ばかりを見ていたヒスイが、ここにきてようやく振り向いた。
見知らぬ小さな女の子の姿に、目を丸くしている。
「え、アオ……あんたそういう趣味、だったの? わざわざ子役用意しちゃうくらい?」
「誤解! それ完全な誤解だからね、ヒスイ姉さん!」
結局、アオはヒスイとサンゴに一番初めから順を追って説明をする羽目になった。
アオとサンゴはいつも早めに来る方だから、まだ時間は大丈夫だ。
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