5.ヒトと幼女とエンゲル係数

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「うなじの充電コネクタがないけど、ひとまず食事でどうにかできるみたいね。その子の分くらいだったら、ツケにしといてあげるわ」 「ありがとう、ヒスイ姉さん。でも、ツケなんだね」 「食事は贅沢品なのよ、当たり前でしょ。給料から天引きよ」 「で、ですよねー」  ヒスイは容赦がない。  これから毎日食費がかかるとすると、自分の給料はどこまで減るのか。  アオは頭を抱えてカウンターに突っ伏した。 「アオ、どしたの?」  女の子がまたアオの髪をつんつんと引っ張りだす。  どうにも引っ張りたいお年ごろらしい。 「なんでもありません、なんでもありませんからね!」 (君の食費のことなんてちっとも気にしていない。気にしていないとも)  自分にそう言い聞かせた。『旧人類』は食費をこんなにかけて、どうやってやりくりをしたのだろうか。  当時は食事が必須だったわけだから、今よりはきっと安かったのだろうけれど。 「で、その子、本当に何も覚えてないの?」  尋ねながら、ヒスイは女の子の前に青い綺麗な色をしたソーダ水を置いた。  女の子は大喜びだが、アオはツケが増えている。頭と財布が痛い。 「名前も、家族も、どうしてあそこにいたのかも、何も覚えてないみたいだ」 「記憶喪失、ねぇ。機械ならデータの復旧でどうにかなるかもしれないけど、そういうわけにもいかないものねぇ」  この女の子が『旧人類』ならば、なおのこと。  記憶のことに限らず、怪我や病気になった時にも困ることになる。  謎と課題が芋づる式にどんどんふくれあがって、アオはそっとため息をついた。  今のヒトにとっては感情表現の仕草でしかないこのため息ですら、『旧人類』ならば呼気の排出を伴っている。  細胞レベルで違うのだ。簡単にはいかない。 (どこかでこの子の正体を確認しなくちゃいけないんだよなぁ)  それにこの子が本当に『旧人類』ならば、あの遺跡には他にもニンゲンが残っているかもしれないのだ。
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