1.天国に一番遠い街

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 人が血と肉と骨でできていたのは遠い昔の話だ。  今の『ヒト』は回路と歯車とジェルパックとスプリングできる今となっては、脳みそすら必要ない。『死』は驚くほど縁遠いものだった。  どれだけ身体が傷ついても、回路さえ無事なら部品交換で何とかなる。多少の傷や不調は修復用のナノマシンが対処してくれる。  死ぬことがあるとしたら、データの移し替えが間に合わないほどに、回路が物理的な損害を受けた時くらいなのだ。  今の『ヒト』は半永久的な存在である。  アオとギンがそうであったように、たまに自分と全く同じ姿かたちの『ヒト』に出会うのが困りものなのだが、やはりアオとギンがそうであったように、髪の毛を別の色に植え替えたり、瞳のカラーを交換したりで外見は簡単に変えられる。  アオはその名の通り青い髪。ギンは紫銀の髪。  お互い見た目で適当につけたのが良く分かる名前だ。  どうしても他人と同じ顔が嫌になったら、顔パーツをオーダーメイドすればいい。『ヒト』は自由だ。外見ひとつも交換でOK。アオのように延々と同じ姿にこだわっている方が珍しい。  そうやって何百年も部品を入れ替えながら生きる。滅多な事では死なない。  滅多な事では、死ねない。  だから時々――ギンのように『天国』に向かう『ヒト』がいる。  永く終わりの見えない人生に疲れた時、ふと虚しさに心が翳った時。『ヒト』は『天国』の門を叩く。  誰もいない場所に行って一人、全ての機能を停止し、初期化する。  そうすることで、人生が終わる。『ヒト』はただの死体になる。  つまり、『天国に行く』とは自殺するということだ。 「何故『天国』に行くのか、かぁ」  それはとても哲学的で、寂しくて、不安で、恐ろしくて――どこか憧憬を感じずにはいられない、命題。 「きっと『天国』っていうのは素晴らしいところなんだな」  適当なことを呟くと、サンゴは「嘘ばっかり」と頬をふくらませて見せる。  この世界は『天国』に遠すぎて。あまりに、遠くて。  だからアオは忘れていた。  アオだけではなく、他の誰もが忘れていた。  ヒトは何故『ヒト』になったのかを。  ――『天国』が本当はどこにあったのかを。
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