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「でさ、ルビィがサックスを壊したって、修理が済むまでずっと俺がギター係なのか?」
アオがギターの弦を調律しながらぼやいていると、サンゴは両手を顔の前でパン、と小気味良い音をたてて合わせ、そしてふかぶかとおじぎした。
「レンタルか中古探すって。いくらなんでも音楽なしで踊るのもねぇ。生演奏だってウリなんだし、ね。お願い」
「わかったよ。まぁ、ヒスイ姉さんの飯が食えるし……」
「そうそう、従業員へのウリは美味しいまかないご飯だから」
カウンターの奥でヒスイが笑う。よて亭昼の部は午前十一時から。今はまだ十時。もう少しだけ時間がある。時間がきたらすぐに混みあってしまうので、ご飯は早めに済ませた方がよさそうだ。
サンゴのダンスを目当てにきている輩も多いから、誰もが嗜好品である食事をとるわけではない。
ポートで充電料金だけ支払っていく客も多いし、飲み物だけ頼む客ももちろんいる。
ただでさえ狭い店に食べる目的以外の客までひしめくから、従業員がのんびりご飯をしている余裕などないわけだ。
「今日のまかないは?」
「チキン香草焼き」
「やったー、お肉だー!」
アオよりも先にサンゴが喜んだ。ダンス衣装を振り回しながら、ぴょんぴょんと跳ねて大はしゃぎだ。
無理もない。嗜好品である食事の中でも、肉は割と高級な部類に入る。
魚に比べて手に入りづらいし、食肉動物を飼育する大規模な農場は近場にないからだ。
「まかないなのに、いいの?」
「もらいものよ。ちょっとしかないからここの三人の特別よ。サックスが壊れなければルビィが食べられたのにね」
「それはそれは……ちょっとだけルビィに感謝しておこう」
ほかほかと湯気の立つチキンをほおばって、じっくりと味わった。
肉のうまみと香草の香りの情報が回路を駆け巡る。
この喜びを考えると、機械化してまで食事の喜びを捨てられないのは、やはり人の本能なのだと思う。
「やっぱヒスイ姉さんの飯は美味い」
「ふふふ、褒めたって何もでないわよー」
そういいつつ、ヒスイはソーダの上にアイスをサービスしてフロートにしてくれた。彼女はストレートな褒め言葉にめっぽう弱い。
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