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ナノとプリシラの就活
ころは夏の盛り。湿気を含んだ風が昼間の興奮を夜の国へ輸入する。
蠍曜日の宵は特別に饒舌だ。人々を勤労の呪縛から解き放ち、財布を緩ませる。
煌びやかな夜景を渡る風が熱心な物売りの呼び声を運んでくる。
それを冷ややかに見下ろす第三者視点があった。
満月に一矢報いんと突き出した尖塔の先。猫の額ほどの場所で一人の少女が物思いにふけっている。
紫色のロングヘアを夜風に梳かし、菫色の襟元に黄色いリボンを結んでいる。腰元から重ね着したワンピースドレスがふわりふわりと帆をはらんでいる。風はますます勢いを増している。
「危っぶないなぁ」
澄んだ声が降ってきた。
「それはあなたでしょ」
少女は臆することなく言い返した。すると燐光が凝縮した。手のひらサイズの妖精が仏頂面をしている。
「ナノ、友達だからズバリ言うけど、あなたのことよ」
言われた方はますます意固地になった。
「ふーんだ。余計なお世話よ。プリシラはひとのこと言えるの?」
すると妖精は余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべた。
「よくぞ聞いてくださいました!」
「おめでとう。決まったのね」
ナノは友人の僥倖をわが春のように喜んだ。
「ありがとう。まだ内定の段階だけどね」
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