景色な私

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景色な私

 朝の気配が徐々に近づくのを背中に感じながら、夜に染められてしまった雲をぼんやりと眺める。明け方に漂う心地よい冷たさの空気を、まだ寝ぼけている身体に染み渡らせ、大きく伸びをする。夜の闇がすっかり消え、朝日が暖かく感じられるようになる頃には私の身体は目覚めている。  いつからだろうか、こうして清々しく1日を始めることができるようになったのは。今ではそのきっかけとなった情景ばかり鮮明に覚えていて、それがどれほど昔のことなのかは分からない。でも確かにそれはあったのだ。    動くことができればどれほど気持ちがいいだろう、幾度となくそう考えた。大地を掴む足があってもそれを動かすことのできない私には生まれながらにしてひとつの景色しか与えられていない。上空を優雅に飛んで行く鳥たちを見ると何とも虚しい気持ちにさせられる。私はどうしてこうも残念な存在なのだろう、そう思わずにはいられなかった。  そんな滅入る心を抱きながら、変わらぬ日々を送っていた私だったが、あれはやってきた。今なら分かる、あれは多分私が迎えた初めての季節の変わり目なのだろう。  何度目になるだろうか、百は超えているはずの景色がまた始まる。淡々と光を纏っていく山々を見ながらそんなことを考えていた。その時だった、不意に朝日に見つめられているような不思議な感覚に襲われたのだ。少しの動揺を感じつつも私は、袖で笠をつくりながらゆっくりと振り向く。「ああ」感嘆と安堵の言葉だった、あなたでしたか、とは心のなかで。見つめていたのは私を覆うようにして聳え立つ桜だった。黄金色に春の衣を照らされた彼女はまるで自身が光を発しているかのように振る舞い、そして訴えかけるように「これがあなた」と。私はこの時ようやく自分が恵まれていることに気づいたのだ。
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