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泣きすぎて真っ赤になった白目。中央にある黒目。
その黒の中に俺が写ってる。
「……俺も、好き」
「……」
タオルを取り上げる。顔が勝手に引き寄せられる。唇が重なるとすぐ薫さんの口が開く。伸びてくる舌が俺の唇を押し開けた。吸いあって絡まってそこから先は。
夢中になる。
セーターの下から手を入れる。肌に触って俺の中で何かがぶわっとなった時、薫さんが俺の手首を掴んで止めた。
「な、んで」
「は、話があるって言ってただろ。そっちが先」
「あ~……もういい。後で」
「だめ。今日はそのために会ってるんだから。後回しにしたら、話してる時間なくなる。絶対」
「え~」
俺を押しのけてソファに座りなおし、洋服を整える。咳払いを一つしてから部屋を見回した。
「ていうかここ、どこ?」
「『愛の城』。ってうちの家族が呼んでる部屋」
「ラブホみたいだな。失礼だけど」
「そうみたいだね。俺は分かんないけど。哉もよく言ってる」
「はは。ここ、永久のうちの物件なの?」
「うん。昔父さんたちが住んでた。今は隠れ家。俺と哉の」
「へぇ。隠れ家、かっこいいな」
「うん、」
明るい笑い顔を見て、心に灰色の靄がかかる。急に怖いような気持ちになった。
ほんとに話して大丈夫だろうか。
ここで伝えたいこと。俺と哉が生まれて生きてる理由。
気持ち悪いと思われたら。
「永久? 」
首を傾げて覗き込まれる。俺を心配してるときの仕草だって今の俺は知ってる。薫さんはいつもこうやって聞いてくれた。俺が支離滅裂で喋れなくなっても。頭の回路が途切れても。否定しないで。逃げないで。俺を見て名前を呼んで。
とわ、って。
「……あの、さ」
「うん? 」
「今から話すの。すごく大事なこと。なんだけど。俺には」
「うん」
「びっくりする。と思う。多分。ものすごく」
「まだ永久にびっくりするようなこと、あるんだ」
「うん。俺は『設定全盛り』だって。哉がいつも言うんだけど。これが最大最強だって」
「その前置きだけで、なんかもうすごそう」
「……聞く? やめとく? 」
「もちろん聞くよ。聞きたい」
「に、逃げない? びっくりしても」
同じ質問を前にしたことを思い出した。六月五日。本郷三丁目の交差点。こわばった顔。「それは聞いてみないと分からない」。同じ答えが返ってくると思った。けど違った。
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