プロローグ

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 長年付き合い、パートナーとしても信頼し、結婚を意識していた彼女が他の男と付き合っている事が発覚した。 「グランという店で、君が男と腕を組んで歩いているのを知り合いが見たと言ってたよ」  俺がそう問い詰めると、香苗は最初「あなたの誤解だ」と弁解した。  香苗の目は必死で、誠意に溢れていた。怒るでもなく、でも真剣に「愛しているのは宗一郎だけよ」と切々と訴えてきた。 「私はその店に行ったことないわ。宗一郎だって知ってるでしょ? 他人の空似じゃないの?」  そう彼女は言った。その言葉を信じたかった。いつもの俺なら「そっかぁ。疑って悪かったよ」と謝りさえしたろう。でも、信じるわけにはいかなかった。  何故なら、香苗が相手の男にしなだれかかっているのを目撃したのは、他の誰でもない俺だったから。  その店はテレビで何度も取り上げられる有名店だった。香苗はその店のグルメレポートをテレビで見る度に「こんな所で食事してみたいなぁ」と言っていた。  だから下調べがてら、香苗に内緒でその店を一人で訪れた。  今のご時世、料理の内容はネットでも調べられるし予約もできるという。けれど職人気質な俺はネットが苦手だ。実際にそこを訪ね、手に取り、自分で確かめなければ納得できない。大事なイベントがあるなら尚更だ。店へ入れば全てこの目で確かめられる。店内がどんな空気なのか。料理は美味しくてもスタッフの接客は温かいものか? サプライズにどこまで協力してもらえるか……。  でもその下調べが仇になり、香苗が会社の上司と三年もの間不倫関係でいたことが発覚してしまった。全て告白した上で、許して欲しいと彼女に謝罪されたがそれは難しかった。  人生とは皮肉なものだ。  特別な事などしなければ、いつものように俺の工房へやってきた彼女に「結婚しようか?」と言っておけば、もしかしたら彼女も不倫関係を清算して、おとなしく俺の妻へと収まっていたのかもしれないのに。  時間を戻せたとして、どのタイミングなら良かったのだろう。  考えても答えはでない。  後悔しても仕方ない。
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