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静谷君が俺の手にそっと手を重ねてきた。ドキッと心臓が縮む。
「こっちに来てくれませんか?」
「う、うん……」
静谷君に手を引かれ、入った隣の部屋は工房だった。懐かしい木の匂いがする。でも、その工房は、何年も使われていないように見えた。
入り口に立ち尽くしたまま、静谷君が言った。
「僕の父は家具職人だったんです」
「そう……なんだ」
「ひとつ、ひとつ、オーダーメイドで受注を受けて、一年くらい掛けていろんな家具を作ってました」
「うんうん」
「僕も小さい頃からここが好きで、将来は父みたいな職人になれたらいいなぁ。って思ってました……」
だんだん小さくなる声。視線も足元へ落ちていく。
「でも、父の才能を引き継いだのは兄でした。僕には才能もセンスもなかった。両親の期待は兄に全部向けられた。僕が何を作っても、誰も褒めてはくれなかった」
「…………」
「僕は高校を卒業して、今の会社へ就職しました。兄は芸大に行きました。芸大はお金もかかるし、姉もいたし、僕は僕で、自分の道を切り開いていくしかなかった」
「偉いね」
「偉くなんかありません。そうするしかありませんでした。別に世を拗ねているわけでもない。人にはそれぞれ……ありますよね。方向が」
俯いていた顔を上げ、また静谷君が俺の手を引っ張った。二階へと続く階段。次は寝室だった。見覚えのあるソファ。アパートでは玄関に置いてあった棚もあった。
「ものづくりのセンスは無かったけど、僕はやっぱり家具を見るのが好きでした。いいでしょ? このソファも、この大きな棚も」
「う、ん」
「アパートの面積があれだったから、この二つを買うのが精一杯でした」
静谷君は愛おしそうな目で家具を眺める。その瞳はキラキラしていた。
「お値段的にもね。高かったんです。二つとも凄く」
静谷君は俺を見上げてにっこり微笑んで、ゆっくり口を開いた。
「あなたが作った家具ですよね? 麻木宗一郎さん」
「え……知ってたの?」
ポカンとする俺に、静谷君は嬉しそうに笑った。
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