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「いいえ。知りませんでした。ずっと知らなかった。先週、あの屋台で会うまでは」 「そ、そっか……」 「さっきの話、続きがあるんです」  静谷君はまた俯いてポツリポツリと話しだした。今度は俺が手を引いて、ソファの前まで歩く。 「座らせてもらっていい?」 「もちろん」  二人でソファに並んで座る。  部屋は薄暗かったけど、そのままでいいと思った。 「……兄は、芸大を卒業して留学しました。もっといろんな芸術に触れたいと。両親はそれも喜んでいました。成長した姿で、兄が帰ってくるのをずっと待っていたんです」 「うん」 「でも兄は帰ってきませんでした。留学先で事故に遭って……。両親の絶望した姿は、見られたものではありませんでした」 「それは……、辛かったね」 「僕も悲しかった。兄を心から尊敬していました。でも、なんにも取り柄がない僕が生きていることが父には許せなかった」 「何を馬鹿なことを言ってるんだ。静谷君は……」 「言われたんです。父に。なんでお前じゃないんだって……」  握っていた手を思わずギュッと握り締めた。 「は、何を、本音じゃないだろ? 気が動転してたんだろ? そんな事を言う親がいるなんて信じられない」 「でも、父は親としてより芸術家としての道を選んだ人だったから……」 「…………」 「結局、父は兄の後を追うように自殺してしまいました。立ち直れなかったんです。希望が一つもなくて……。僕のせいです。僕に少しでも才能があれば……父も自殺しないで済んだかもしれないのに」
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