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静谷君は頭を少しだけ下げて、話を続けた。
「なんとなく生きているだけだったんです。でも麻木さんの家具と出会って、もう戻る場所がないのなら、今いる場所をよくしていこう。って考えに変わりました」
「……うん」
「毎日の麻木さんとのやり取りも楽しかった」
「そうなの?」
「うんうん。だって、毎日、はんで押したように決まった時間に電話してくるんですもの。そんな人、初めてでした。普通は一時なら、一時五分とか。十二時五十七分とか。そんな感じでしょ?」
「はぁ」
「麻木さんの姿勢に、教えて貰いました。つまらない仕事なんてないんだって。毎日の決まりきったやり取りなんてないのだと。些細な不注意から事故は起こるし、事故が発生した時に最小限に食い止めないと、会社の信頼が崩れてしまう事だってあると」
「…………」
「僕はこのソファが大好きだった。あの棚もお気に入りだった。そして、麻木さんからの時間ぴったりかかってくる電話も」
「うん」
「何も劇的な事なんて起こってない。起こってないけど、僕は少しづつ前を向いて歩けるようになってた。劇的な何かなんてないんだって思った。そんなの待ってたらダメだって。人生はコツコツ自分で作り上げていくんだって思えるようになったんです。……でも姉から、母が入院したと連絡がありました」
「そうなんだ」
「母は父の死後、働き出して……体を動かしていると気が紛れるからって」
「…………」
「病院でお医者さんに言われました。元々、そんなに丈夫な心臓じゃないからねって。今度倒れたら危ないよって。だから……」
「そうか。だから、会社を辞めて戻ったんだね」
静谷君はコクッと頷いた。
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