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「母の傍にも、実家にも、二度と近づきたくないと思ってました。僕の居場所はないと。それに仕事も辞めたくなかった。やっと前を向いて歩いていけるようになったのに」 「うん」 「どうして僕は好きに生きられないんだろう。誰にも縛られてないのに不自由を感じていたんです。でも、会社を辞める事も、戻る事も、結局は受け入れてすすめている僕がいる。諦めていました。なるようにしかならないって」 「それは……違うと思うよ?」 「へ?」  静谷君は僕を見上げた。その目はゆらゆらと揺れていて、酷く動揺しているようだった。安心させたくて口元で微笑みを作り、俺は意識してゆっくりと語りかけた。 「静谷君には秀でた能力がある。人の気持ちを察する能力だよ」 「……さっする?」 「そう。この人は今、話し掛けて欲しいだろうな。この人は今、僕にこうして欲しいんだろうなって、相手が言葉にしないのに望んでいることを察してしまう能力。それがずっと、君の行動の理由になっていたんじゃないかな?」 「……行動の理由……」  静谷君は口を薄く開いて繰り返した。 「静谷君は人の呼吸を読むのが上手い。言葉の行間を読むのも。毎日話してた俺が言うのだから間違いないよ」 「ぎょうかん?」 「それを君は、無意識のうちにやってしまうんだろうな。無意識だから気づいてない」  キョトンとしている静谷君。  子供のような表情に、思わず頭をポンポンと撫でてしまった。
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