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「よく分からないけど……じゃあ、やっぱり、僕が決めたことだと。麻木さんはおっしゃるんですね?」
「そうだよ。戻ってこいとも、会社を辞めろとも、誰も言っていないんだろ?」
「でも、でも……」
「うんうん。分かるんだよね? お母さんの気持ち。お母さんが後悔していることも。寂しいと思っていることも」
「…………」
静谷君の瞳がゆらゆらと揺れた。そしてコクンと無言で頷く。頷いた拍子にポロポロと涙が零れた。俺はまた静谷君を引き寄せ、頭を撫でていた。
「それを分かっていても、帰らない人間もいる」
「うん」
「君は感じ、考えて、自分で決めた。だから迷いがあっても結局戻ったんだろ?」
静谷君は顔を上げて言った。睫毛はまだ涙で濡れていた。小さく光る水滴。
「僕は決めてはいました。でも、本当に嫌だった。頭では納得していても……心がついていってなかった」
「うん」
「でも、あの日……麻木さんに会えた。僕の会いたかった二人に会えた。麻木さんは僕のワガママなお願いを叶えてくれた。願いが叶ったから、もういいと思えたんです。もう、思い残すことはないと」
「……うん」
「だから、僕が気持ちを新たに郷里へ戻れた事も麻木さんのお陰なんです」
「……そう、なの?」
俺は何もしていないと思う。ただ、静谷君が一人になりたくないと言うから泊まっただけだ。それのどこが「願いが叶った」ことになるんだろう。
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