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イマイチ言っていることが分からなくて戸惑ってると、静谷君が恥ずかしそうに笑って言葉を続けた。
「それに、僕を心配してわざわざ車を飛ばして会いに来てくれた。凄く嬉しかった。僕のことを口先だけじゃなくて、本気で心配してくれる人がいた。……もう充分です。それだけで僕は幸せです」
「…………」
「麻木さんはいつも僕の人生に光を射してくれた。僕の道標になってくれた。僕は、僕は……」
すっかり日が落ちた部屋。
昇り始めた大きくてオレンジ色の月が窓から見えた。
月明かりに照らされた静谷君の瞳が訴えてる。でも俺に察する能力はない。俺の今、感じているものが正解なのか自信がない。
小さく震える静谷君を、もう一度強く抱きしめた。
「俺は、確かにこのソファを作った。でも、作れなくなってしまったんだよ。ある日突然」
「……そうなんですか……」
別れた彼女は、半年後にアッサリと違う男性と結婚した。不倫相手の上司ではなかった。その上司の部下が結婚相手だった。それを風の噂で聞いて、突然何も作れなくなってしまった。
愛する人間を失った。だけじゃない。人間を信じられなくなってしまった瞬間、俺の創作意欲はすっかり消えうせてしまった。何のために作っているのか、作ることに意味があるのか、何もかもが分からなくなってしまった。
でも今、目の前にいる静谷君の為に、作りたいと思っている自分がいる。
あの使っていない工房で……静谷君と二人。そんな自分勝手なイメージが湧き上がっていることを、静谷君にどう伝えたらいいだろう……?
静谷君の能力が、俺の気持ちを察してくれたらと願った。
ひとつだけ願い事が叶うなら1 完
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