3、仕事と生き方

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「えと……は、初めまして。森永です」  僕が頭を下げると、軽く頷き、席を勧めた。  僕は、牛乳公舎用に書いておいた履歴書を渡す。 「森永翼さん、24歳、通信制大学を卒業後、特にお仕事はされてない……」 「はい」 「普通免許はある、と。バイクは乗ったことありますか」 「いえ、ありません」  松村さんの指が履歴書の上を滑る。志望動機の欄で、止まった。 「『都会ではできない体験を通じ、人間的に成長したいです』……これなんですけど、郵便配達の仕事についても、そう思いますか」 「え、いえ、それは……」  焦って言葉が詰まる。 「どこでもできる仕事かもしれません。それでもいいですか」  松村さんが念を押す。  そもそも牛乳公舎を志望していた人間に、そんなこと、聞かれても。  困惑と、苛立ちで黙った僕に、田口さんが助け舟を出す。 「森永さんにとっては、初めてのお仕事なわけですから。絶対に成長はできると思いますよ」 「ええっと……あの……どこでもできるとは、思ってないです」  僕は、頭の中を整理する。ここへ来る前、考えていた言葉。 「僕は、僕は……申し訳ないんですけど、自分を変えなくちゃと思って、移住を希望しました。だから、東京じゃダメなんです。こ、この町で働くことに意味があるんです……ご迷惑かも、しれないんですけど」 「変えたい、という部分は、どんなところですか」  松村さんの、片目が僕をまっすぐ見ていた。 「ま、前向きに、何事にも前向きに、ポジティブになりたいんです」  僕の声が裏返り、田口さんが、下を向いてしまった。松村さんが、ふっと笑うように口元を歪ませた。   「わかりました。仮に合格しましたら、10日程、研修を受けていただきます。宜しくお願いします」  お疲れ様でした、と掠れ声で続ける。面接は、終わったようだった。
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