4、春風

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 郵便受けに、学会の雑誌やらNGO団体の封書やらを投函しながら、ちゃんと仕事してんのかな、と外壁を見上げる。風雪にもびくともせず、観覧客がいてもいなくてもお構いなし、のこの建物は、なんとなく雅紀に似ている。  素っ気なさ、なのだろうか。  いや、妙な威圧感、かも。 「森永くん!」  バイクの音で来訪に気付いたらしい。エコビレッジの玄関からおばちゃんが小走りに箸と小鉢を持って出てくる。 「ご苦労様! これ」  小鉢には、きなこ餅が入っていた。 「お茶もあるから!」  まだ昼前だというのに、あつあつのきなこ餅が出てくるのはなぜだろう? 湿原を観察するための木道はまだ封鎖されているから、案外暇なのかもしれない。 「ま、まひゃきは、いまふか?」    餅が噛み切れない。お茶をもらって飲み込むと、んぐっ、と喉につかえて、呼吸が一瞬止まった。苦しい。  ぐいーっと喉の奥を餅が通過する間、嬉しそうにおばちゃんが僕の顔に見入っていた。  恥ずかしい。 「あああの、雅紀は、いますか?」 「ああ、水川ちゃんね。さっき、野鳥の観測に出て行ったよ」  はあ、とため息が続く。 「あんたも大変ね」  「も」、ということは、このおばちゃんも雅紀に説教などされているのだろうか。 「あああ、ええと、まあ」  曖昧に頷く。雅紀はもともと温厚ではないうえに、意見があれば立場なんてそっちのけでぶちまける性格だ。  どっちかが柔らかくないと壊れてしまう、と言ったのは近年の日本詩人だけど、まさにその通りで、職場の人がまだ雅紀よりも大人だから、なんとか日々の業務は滞りなく果たせている。  ただ、いくら柔らかいからとぶち当たってばかりでは、ぶつかることさえ避けられてしまうのではないか。  だって、受け止める側もにんげんだもの。  そんな心配が頭を掠めた。
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