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4、春風
気温が0度以上の日が続いたかと思うと、雪が見る間に溶け始めた。
道の端、雪の下から薄茶色の枯草が現れ、その合間にぽつぽつと、丸っこい緑の植物が顔を出す。
フキノトウだと名前を教えてもらった。
ほとんど同時に、茶色い頭のツクシがすいすいと生え始める。
どちらも食べられるそうだ、と聞いて帰ると、同じことを教わった雅紀が、早速ツクシのお浸しを作って食べていた。
「これしか食料がなければ、仕方なく食べる味」
そう言いながら、小鉢にこんもりと盛られたツクシを差し出される。
苦味というより、えぐみ。
口の中がびぃん、と震えるような感覚。
っていうか、多いんですけど。
料理なんかせずに、野山に生やしておいた方がいい植物、それがツクシだ。
僕は無事、郵便配達員としての採用が決まった。近郊の市で座学とバイクの研修を済ませると、すぐに勤務が始まった。
恋幌町の配達区分は、広い。
そして、家の数は少ない。
移動時間が長いので、一日のほとんどを、バイクの上で過ごすことになる。20代でも腰痛に悩む人が出てくるらしい。
そのためか、「郵便体操」というのが局内の日課になっているのだが、
「なして、森永くんは、手の向きが外なの?」
「上あげるしょ、その次は、ひねるの。ほれ、したっけここが伸びるしょや?」
僕だけ、窓口業務の奥様たちに、笑われながら、つつき回される。
エリアが東西に別れていて、雅紀の職場も僕の担当区域だ。
彼女は、レンジャーとして、国立自然公園に指定されている湿原で主に働いている。
業務は観測、記録、研究、報告書の作成に、広報活動と、幅広い。
牛を荷台に乗せたトラックと時折すれ違いながら、町から10分ほどバイクを走らせると、右手に牧草地、左手に湿地が広がる。
すると間もなく黒が印象的な木造の建物が見えてくる。
そこが、雅紀のいる湿原エコビレッジ。
中には、湿原がどうやってできたか、などのパネルが飾ってある。
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