山小屋の主人

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「うるさいな」 ついにドアが開き、白髪の男が出てきた。夏だというのにぼろぼろに着古したセーターを着、ジーパンを履いている。ごつごつとした手指が印象的だ。いかにも「山男」といった風貌である。背が高く、なかなか端正な顔立ちをしている。若い頃はモテたかもしれない。 「教えてほしいことがあります」 私は単刀直入に切り出した。 この山の奥地に生えるという茸について知りたい。そしてそれを手に入れたい。できれば同行願いたいのだが、どうだろう。もちろん謝礼はお支払いする――そんなふうに早口でまくしたてた。 「断る」 男は手短に言った。それ以上の言葉を発するのが面倒で仕方がない、といったふうに。 交渉の余地はないようだった。男に背を向け、私は歩きだした。 「山には登るな」 男が言った。 「天狗が出る」 私は男を無視して歩き続ける。天狗。馬鹿げた話だ。情報テクノロジーが全てを支配する21世紀の社会に、天狗の居場所などあるものか。万が一そんなものが現れたとしたら、それも記事にしてやろう。 転んでもただではおきない。 それが私、上原奈津子だ。
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