上巻

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 その玉座とも言い難い場所に、椅子ではなく机に腰かけていたのは黒い影――否、黒い制服に身を包んだ、腰まである黒髪をした、黒いソックスを履いた女生徒だった。 「……図書館の主は恐ろしく行儀が悪いな」 「…………っ!?」  最悪のファーストコンタクトと言うべき出会いだっただろうか。不意打ちするつもりもないのに、不意打ってしまい。目の前の彼女は顔を真っ赤にしながら、慌てて机から身体を下ろした。  ……完全に本の世界へと没入していた様子。そんな彼女に、どうすれば不意打たずに挨拶できようか。例えばノックをしたところで、逆効果になっていただろう。 「だ、誰ですか……!?」 「今年赴任してきた現国の土佐だけど、知らないってことは二年か三年なのかな」  まぁ、自分も完全に慣れたわけでもないから、顔の覚えていない生徒が殆どなのだけれど。なんというか雰囲気自体が、これまで見てきた生徒たちとは違うものだった。 「…………」  ……おいおい、こっちは名乗ったのにそっちは(だんま)りかい。  かといって、無理に聞きだしても得することなんかありゃしないだろうし。ここは別の話題に振ってしまおう。例えば――さっき彼女が読んでいた本についてとか。  はっきりと表紙を覗いたわけではないけれど、読んでいた時と咄嗟に後ろ手に隠したとき、その一瞬でなんの作品かぐらいは分かっていた。  もちろん、自分がありとあらゆる本について精通しているわけではなく。そんな非凡な才能を持っているわけでもなく。ただ種明かしをするならば、それはただ、自分が好きだった作家の長編作品だったからだ。  十年以上続いた息の長いタイトルで、今年に発売された二十七巻で完結した作品の、三巻あたり。分厚さから言って、そんなところだろう。 「その本、面白いよね。夢中になってしまうのも分かるよ、僕も読んだから」
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