虚無の日々

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 約四畳程度の長方形の部屋の中央にぼろぼろの水色のボストンバックが一つ。このボストンバックの中身が今の私のすべてだ。少しの着替えと少しの日用品。そして輪ゴムで束ねた色紙の分厚い束が二つに、すり減ったコンテとハードパステル。所持金は常に数百円で、ポケットに捨て忘れたレシートとともにしまわれている。普段は駅前や人の多い通りで絵を色紙に書いて並べている。そして必ずその前に二リッターのペットボトルを半分に輪切りしたあとに黄色いリボンのマスキングテープでシンプルに装飾した自作の容器を置いておく。それらの設置が終わった後は、ひたすらにぼうっと人の流れに溶け込み、風景の一部と化しながら、たまに目の前で足を止めてくれる人に会釈を続ける。すると電灯が灯る頃の時間には絵が描かれた色紙が数枚なくなっていて、その代わりに、ペットボトルの容器の中には数百円、時には数千円が入れられている。そのお金をポケットに放り込んで、コンビニでお気に入りの昆布のおにぎりとホットスナックを一つ買って部屋に帰る。それだけの毎日だ。たまに街と部屋が変わるだけで、それ以外何も変わり映えのしない日々が日常になり何年経つのだろう。  なんて味も夢も楽しみもないの、と数か月前にこの部屋に引っ越す際に手伝いに来てくれた母と最後に会った時に言われてしまった。私もそう思う。しかしこれが今の私の生活であり、人生なのである。そんな変わり映えのない毎日の中に飛び込んできた一枚のこのハガキは、「今日」という人生の一瞬に、バニラアイスに添えられたミントのような爽やかなアクセントをくれた。しかしそれは今のモノクロの生活の中でひときわ眩しくて、胸の奥が切なく鳴いた。            この切なさは、決して自分の脱力しきった心を嘆いているわけではなく、いつしか急に降りだしていた雨のせいなのだと、自分に言い聞かすように窓を伝う雨粒を眺めていた。
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