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約束の三日後、韓栄は一日中返事を手許に忍ばせて動く。どうやって渡せば良いのか、恐らく諜報官が隠れているのだろうが……韓栄はとにかく神経を尖らせて警戒していた。
しかし、全く気配は無かった。
「…………!」
突然韓栄は背後から口を塞がれ身体を羽交い締めにされる。耳元から囁かれる甘ったるい声は昔聞いた声と同じだった。
「久しぶりだな、韓栄。元気そうじゃないか」
「あ、にうえ……!」
口を自由にされて振り向くと韓度は昏い微笑みを浮かべていた。韓栄と同じ琥珀の瞳、しかしその奥は淀み心中が見えない。
「何故、李国に……?」
「お前に会いに来たんだ」
当然感動の再会をしたかったのではない。韓栄の身体にぞくりと戦慄が走る。
「この前は派手にやってくれたじゃないか、兄は驚いた」
顔こそ微笑みを浮かべたままだが、甘い声は全く笑っていない。
「お前がどんな策を弄したかは知らんが兄は温惇の様に甘くないぞ……で、答えは」
韓栄は羽交い締めにされたまま静かに問う。
「一つお聞きしたいのです。私を呂国の籍に入れたいのはどうしてです?」
韓度は韓栄の顔を自分の方に向ける。
「話してやろうか。こないだ戯れにお前の事を話したら、我が君が興味を持たれてな。我が君には御子がいない。優秀な皇子を産む肚が欲しいのだ。お前は幸い女にしては頭が良い。皇子さえ産む事が出来れば王母になれる事間違えない。私の将来も安泰だ。どうだ? 皇后なんて願っても早々なれるもんじゃないぞ」
韓栄は大きな笑い声を上げる。
「片腹痛い! 私には呂国の君主の妻なんて役不足だわ! 私を唸らせるもっと良い殿方を持って来てくださいな!」
韓度が韓栄の下顎に爪を立てる。
「自意識過剰が治っていないな。お前みたいな淑やかさの欠片もない女を貰ってやろうなんて寛大な御心の御君主は他に居らぬぞ」
「それが真なら一生嫁き遅れで結構です。返事は否! 悪いけどお帰りくださいませ!」
韓栄が悪態をつくと、韓度が返事とばかりに腕に力を込め、彼女は思わず呻き声を上げる。
「私は今からお前の首を容易くへし折る事ができる。返事が変わらないのなら生かしておく謂れはないが」
韓栄は喘ぎながら答える。
「折ればいいでしょう、兄上に屈するなんてこの韓栄一生の不覚です」
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