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寝室の前の部屋にはローテーブルがあって、その前に沢山の酒のつまみが置かれていた。酒もワインから蒸留酒から麦芽酒まで、用意してあった。
俺の好みがわからないから、揃えてくれたのだろう。俺も実は、酒の好みがわからない。昔ロッティと台所(ちようりば)においてある果実酒を勝手に飲んだきりだ。ロッティに『ルーは性格が変わるから飲まないほうがいい』と哀れむような顔で見られたのは遠い記憶だが、忘れられない思い出だ。
部屋の中央に毛足のながいラグが敷かれていて、異国風の大きなクッションのようなものが沢山あった。ラグの前に部屋靴が置かれていたから、ここは裸足であがるのだろう。俺の動作をジッと見詰めたまま何も言わないクリス様の横に座った。クッションにもたれかかるように地面に近い場所に座るのは流行のようなものだ。
「悪かった――」
クリス様が見ていたのは髪のようだ。横に座った俺の髪を、優しく撫でて謝った。
「星見にはなれませんでしたから。もういいんです」
「だが、友達が綺麗に調えてくれたのだろう?」
激情のまま髪を切ったことを、後悔しているような口調だった。
髪なんて本当はどうでもいいのだ。皆の優しさが詰まっているから、切れなかっただけで。髪を切ったからといって、皆は俺を嫌ったりしない。
「切るきっかけが、なかっただけなんです」
俺の吹っ切れたような顔に、嘘がないとわかったクリス様は、もう一度謝ると俺の背中にまわって、髪を削いでいく。まばらに切れていたから、揃えると本当に短くなった。肩の力が抜けて、なんだか身体が軽くなったように感じた。
「私の髪も切ってくれないか?」
唐突に鋏を俺に手渡されたが、俺はその髪を切りたくなかった。クリス様の燃えるような赤い髪は、普段隠された彼の荒々しい激情を表しているようで、好きなのだ。
「綺麗な髪ですから、切らなくても――。それに理容師さんにしてもらったほうがいいと思います」
王太子殿下の髪を切るなんて、恐れ多い。返そうとすると、クリス様は頭を振った。
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