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「お前に切ってもらいたいんだ――。お前が私の腕に戻るまでは、切らないと誓った。お前は、私のところに帰ってきただろう?」
驚きに声を失った俺に「帰ってきてくれて嬉しい」と真剣な眼差しで告げるから、俺はもう一度鋏を握りしめた。
この髪の長さだけ、俺を待っていてくれたのか――。
湧き上がる喜びを我慢することなど出来ない。気合いを入れて鋏を握りしめたが、失敗すると怖いので、少し長めに切りそろえた。
「ふふっ、お揃いですね」
思わず笑ってしまった。クリス様は横に座ろうとした俺の手をひいて、自分の胡坐の間に俺の身体を抱きこんだ。
「お前がいなくなって、私は伯爵領までいった」
クリス様は後ろから俺の肩に顎をのせて、耳元で囁く。
「迎えにいったのに、お前はもういなかった……」
「……ごめんなさい」
「お前に婚約を申し込んだつもりなのに、何故だか妹に求婚してることになっているし」
「え……」
「妊娠してる義姉上に遠慮したのが間違いだった。お前を返さなければよかった――」
近すぎる吐息を感じながら、囁きを反芻していると、肩を押されて体勢を崩された。俺の上体を抱きこんだまま口付けが降りてくる。
婚約は、ローレッタに申し込んだのだと思っていた……。
俺をあんなに強く抱きながら、ローレッタを妻にしようとしているのだと知った時の記憶が蘇って、胸が痛くなる。
「ルーファス?」
痛みをこらえて目を閉じた俺に気付いて、クリス様が名を呼ぶ。
「貴方が望むのは、ロッティだと思ってた――。俺じゃないってっ――……」
「私が必要としたのはお前だけだ」
震える睫にもなだめるように、柔らかい口付けを落とす。
「でも貴方はロッティに……キスし……て……た」
震える喉から、責めるように言葉を吐き出すと、一層抱きしめる力が強くなった。
「悪かった。間違えたんだ――。私はあれが妹だなんて平手ではたかれてもわからなかった。好きだとか愛してるとか言いながら……」
酷く落ち込んだクリス様に、申し訳なくて俺は出てきそうだった涙をのんだ。
「あの頃はそっくりでしたから……」
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