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「他は――? 聞きたいことはないか」
「他は……、俺が妻って……」
ようやく聞いてくれたというように、頬を緩ませて微笑むのをみて、弾むように鼓動が鳴った。
「最初に聞いてくれるかと、思っていたんだが――」
俺にとっては重要なことだったんです。
「俺がいないのに、妻にしたんですか?」
単純に訊ねただけだったが、後ろめたいようだ。
「お前を私のものにしたかった……。私に縛り付けたかった――。もう二度とお前を離したりしないから、覚悟しておけ」
言葉尻は強いのに、甘くて、目がくらみそうになる。
ああ、夢かも知れない――。もしかしたら、俺は神学校の訓練中に海に落ちて死んだのか……?
そうでなければ、こんな俺に都合のいい、嬉しいことが起きるはずがない。
「クリス様、抱いてください――」
お酒なんて飲んでいる場合じゃない。夢が醒める前に、少しでもいいからクリス様を感じたい。
「お前は――、さっき言っただろう? 今は抱かないと」
クリス様は、呆れたように俺に言い聞かせた。
「駄目です! 目が醒める前に……っ」
俺は必死に訴えかけて、止まった。
グゥ――とお腹の虫が、鳴いたからだ……。
ああ、夢じゃなかった――。
「目は醒めているようだぞ。ククッ! アハハハ――!」
豪快に笑い飛ばされて、俺はいじけてラグに転がった。
「ほら、食え」
鶏肉の揚げたものを口元に差し出されて、行儀悪く転がったままで咀嚼する。
「クリス様。俺、そんなにいつもお腹を鳴らしているわけではないんですよ?」
「そうだな。まだ二回しか聞いてないな」
信用されていないのが悔しいが、俺は本当に腹の音を人に聞かれて爆笑されることなんてクリス様以外にない。
「トマトください……」
甲斐甲斐しく、俺の口に運んでくれる。
「お前の腹の音は私には愛の囁きに聞こえるよ――」
とりあえず愛にしてしまえばいいってわけではないのに。
二人で沢山食べて、酒を飲んだ。と、思う。
記憶はないが、清々しく目覚めた俺にクリス様は言った。
「酒は禁止だ――」
昨日に匹敵する冷たい視線と口調に慄き、俺は頷いた。
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