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「ルーファ……泣かないで。ね、もう忘れなさない。クリストファー殿下はとても遊んでいる方だと聞くわ。話にきくだけでも凄いもの。ルーファ、とても辛いことだけど、きっとあなたにはあなただけを愛してくれる人が見つかるわ。だって、あなたはとてもいい子だもの。あなたが私の子供だったら良かったのに」
ずっと俺を見てきたリリアナ様は、甥である俺を不憫に思ってきたのだろう。
「俺、リリアナ様が大好きです。本当にあなたが俺の母ならどれだけ幸せだっただろうと思います。お腹の御子がうらやましい……」
珍しく俺が本音を吐き出すと、リリアナ様は微笑みを浮かべて、俺に紅茶も入れてくれた。
リリアナ様のように優しい味だった。神学校に行ってしまえば当分味わえないと、俺はお代わりもしてしまった。
そんな俺を一度も責めることなく、リリアナ様は見守ってくれていた。
二日もすれば、少し頭も落ち着いてきた。寝ても醒めてもクリス様とのアレコレを思い出しては赤面していたのに、普通の顔に戻る事ができた。
リリアナ様とアンネットに教えてもらって刺繍をしていると、案外むいていることに気が付いた。俺は、一つのことに集中するのが得意のようだ。
だから、一瞬聞き逃してしまったその言葉が頭にもう一度入ってきた瞬間、思わず針で自分の指を刺してしまった。
「ああっ! アンネット、手当てしてあげて頂戴」
刺繍を取り上げて、リリアナ様が焦りながら俺の指を押さえた。
「ルーファス様、大丈夫ですか?」
アンネットが指に包帯を巻いてくれて、リリアナ様はやっと安心したようだった。リリアナ様は、赤子を身篭られてから特に心配症になったと思う。
「ロッティが明日ここに来るんですか――?」
「ええ。春まで通れないと思っていた山道が通れるようになったんですって。明日、屋敷から来るって連絡があったわ」
リリアナ様が刺繍しているのは、生まれてくるわが子のための小さな靴下だった。俺の刺繍していたのは涎掛けだ。血が着かなくてよかったとホッとする。
「それなら、俺は帰らないといけないんですね……」
たとえ姿を見ることが出来なくても、クリス様と同じ王宮にいるだけで嬉しかったのだけど、それももう終わるのかと思うと、寂しくなってしまった。
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