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災難なショコラデー4
結局、俺はクリストファーに逃げださないように手首を掴まれて、エルフランと一緒に離宮に戻って来た。
「さあ、洗いざらい話してもらいますよ」
エルフランは、普段とは違う迫力でクリストファーに詰め寄った。
「・・・・・・、話してくれるんですか?」
俺は、握られている手首からクリストファーの手を外して、少しだけ距離をとってソファに座った。その距離にクリストファーは、うつむき、溜息をついた。
「昨日、街に出かけていただろう。マリウスの店に行くと聞いていたから、合流するつもりだったんだ」
昨日のクリストファーは、街の商工会議所に視察に出ていたのだった。
「そうだったんですか」
知らずに立ち食いしていたことを思い出して、俺は少し焦ってしまう。
「どこかの誰かと抱き合っていただろう」
「ギーニオン? 神官服を着ていたでしょう? 久しぶりに出会った神学校時代の友達なんです。あれは、挨拶ですよ」
勿論クリストファーだって信者だからそれくらいは知っている。アルジェイドやマオが接触を許しているのだから危険な人物でないことや、色めいた話などあるわけがないとわかっていたはずだ。
「わかっている。だが、親密そうだった――」
「彼は途中で学校を変わったんです。だから俺がクリストファーの妃になっているのを知らなかったみたいで・・・・・・」
「友人にしては馴れ馴れしかった――」
「そんなことは・・・・・・」
入学当時、神官長様に言われて俺の世話を一番みてくれていたのは、実はギーニオンだった。けれど、彼は道を求めて他の学校にいってしまった。それをどう説明すればいいのか、俺にはわからなかった。
「いや、わかっているんだ。アルジェイドやマオが接触を許していたしな――。なのに私は苦しくて、お前に裏切られたような気がして・・・・・・」
「ただの焼きもちですね」
「・・・・・・そうとも言う・・・・・・」
エルフランが横から口を挟んでクリストファーはガックリと肩を落とした。まだ赤い頬を掻いて、「すまない」と言う。
「じゃあ俺は、そんなことであんなことをされたわけですね」
「ああ――」
苦しかった想いが渦巻いて、俺は自然と眉間に皺が寄った。
「ショコラ、しばらく食べることも出来なさそうですけど」
「すまない――」
口調ほどに俺の気持ちは荒んでいない。クリストファーの焼きもちだったのだと思えば、あれほど苦しかった想いがほぐれていく。
「何故、あの姫に口付けたんですか?」
クリストファーの口ぶりからすると、蕁麻疹はともかく吐くだろうということは予想できていたのだろう。
「私がしたことで、お前が吐いているのを見て・・・・・・同じくらい辛い想いをしないといけないと思ったんだ。朝は、お前に拒否されるのが怖くて、寄ることも出来なかった――。同じ苦しみを味わったら、許されるんじゃないかと、甘えた気持ちがあったんだと思う」
俺が吐いたのは、気持ちがついていかなかったこともあるかもしれないが、甘いものを沢山食べたのに下から突き上げられて胃が我慢できなかったからに過ぎない。それを拒否だと感じたのだという。
「吐くくらいのことをしないと駄目だと思ったのですか?」
二人が重なるシルエットを思いだしただけで、俺は胃がムカムカしてしまう。
「あの姫は、いくら私が興味がないといっても何度も誘ってきて、いい加減イラついていたんだ。流石に口付けて吐いたら、わかるだろうと――」
パンッ! と子気味いいくらいの音が響いて、赤かったクリストファーの頬がさらに赤くなった。静かな怒りは、短慮だったクリストファーに対して、躊躇いなく手を上させた。
「ルーファス様!」
エルフランの慌てたような声に、俺は目線だけで静かにしろと命じた。
いつもとは違った俺の様子に二人は、押し黙る。
「クリストファー、俺が同じことをしたらどう思うのですか? あなたは、あの姫だけでなく、俺の気持ちも考えなかったのですか? 俺が、あなたが吐いたことでいい気味だと思うとでも――?」
ハッとクリストファーが息を飲んだ。
もう一度俺は手首を返して、クリストファーを打擲した。
「あなたが反省をしたいというのなら、いくらでも打ちます。俺が、今まであなたに手を上げることも反抗することもなかったのは、あなたに嫌われたくなかったからだし、何をされても許せたからだけれど、あなたが反省を他の人に求めるくらいなら、俺が打ちます。何度だって――」
もう一度拳を握ると、エルフランがその手をそっと押しとどめた。
「ルーファス様、もういいでしょう」
「悪かった――。私が悪い――。だから・・・・・・泣くな――。泣かないで欲しい・・・・・・」
クリストファーがエルフランの差し出した布で俺の頬を流れる涙を拭きとってくれる。
「・・・・・・誰にも・・・・・・あなたを渡したくない――」
クリストファーが見せてくれた心を受け止めて、俺は素直に自分の気持ちを告げることが出来た。
「ルーファス――・・・・・・」
「あなたが誰か他の人を選ぶなら、その時は言ってください。俺はもう、あなたなしで生きていくことなど出来ないでしょう」
指輪を捨てたとき、俺の人生は終わったのだと思った。誰にも求められることなく生きてきた俺にとって、生きる意味というのはクリストファーに教わったことだった。
「ルーファス、私が他に選ぶことなどないと言っても」
「あなたはいくらでも選ぶことが出来る。俺とは違う――。あなたが俺を信じられないというように、俺もあなたが信じられない」
「ルー・・・、なら私はお前が信じられるまで愛していると誓おう」
クリストファーのいう愛というのは、俺の求めているものとは違うのかもしれない。けれど、信じたいと、俺は願ってしまう。
「クリストファー――っ」
抱き寄せられて、下唇が切れるかと思うほど性急に唇が寄せられた。
「んんっ!」
口の中もクリストファーの頬と同じように熱かった。
チラリと横を見るとエルフランがそっぽを向いている。見ないようにしてくれているのだとわかったが、きっと口付け以上は止められるだろう。俺も、そしてクリストファーもこの様子じゃ熱がある。
「ふっ・・・あ・・・・・・」
クリストファーの口付けは、俺の意識を攫うような酩酊感がある。
ダメだと思うのに、何故か止めようとする手はクリストファーの服の背中を握りしめてしまう。
舌の付け根の部分まで伸ばされた舌のせいで喉が詰まりそうになるのに、ゾクゾクと走り抜けるのは苦しさではなく快感だ。
「ヒッ! あ・・・あ・・・・・・」
突然、クリストファーの指が俺の胸の硬くなった先端を弾くから、声を抑えることも出来ず、俺は嬌声をあげ、クリストファーにしがみついた。
「そこまでです――」
エルフランの制止の声に、俺はそこに彼がいたことを忘れてしまっていたことに気付いた。さっきまで、確かに覚えていたのに・・・・・・、恥ずかしくて俺はクリストファーを突き飛ばした。
「・・・・・・、無粋だなエルフラン――」
クリストファーの機嫌の悪そうな声に、エルフランの呆れたような声が被さる。
「またルーファス様の具合が悪くなったらどうするのですか」
エルフランの言葉に、クリストファーはばつの悪そうな顔で、自分を突き飛ばして立ち上がった俺を見上げた。
「ルー、私の愛を証明するのは、少し待ってもらえるか?」
ああ、やっぱり・・・・・・と思わず俺は、エルフランと顔を見合わせた。
クリストファーの愛の証明は、どうやら精神的なものではなく、物理的なものだということに気付く。
「・・・・・・、クリス様、ルーファス様がおっしゃったのはそう言うことではなく――」
「いいよ、エルフラン。なんだか俺も疲れました・・・・・・」
エルフランも疲れたような顔をしている。
「クリストファーにとっては同じことなんだろうし」
クリストファーの愛は、俺を抱くことなんだろう。俺は別に抱かれなくてもいいのだが、クリストファーが俺以外を抱かないというのなら、もうどうでもいいかと思いもするのだ。
精神性がとか説いても、クリストファーはわかったふりをして頷くだけで、特に気にもしないのだろう。そういうクリストファーの大ざっぱというかこだわらないというか、男らしい部分に魅力があるのだから、俺は諦めるしかないだろう。
クリストファーは、わかっているのかわからないのか、赤い顔のまま俺に微笑みかける。エルフランに寝台に押しやられながら、「ルーファス、これをもう一度受け取ってくれるか?」と指輪を俺の指にはめこんだ。
「これをお前が外したとき、私の心は槍がささったようだった――。頼むから、もう二度と外さないでくれ」
俺が女とクリストファーの口付けを見た瞬間のその心を、クリストファーは同じように味わったのだろう。
「クリストファーが・・・・・・、俺以外に口付けるのを見たら、俺は多分もう一度外すと思う」
「なら大丈夫だ――」
クリストファーは、ホッとしたように息をついて、目を閉じた。
エルフランが、「ルーファス様はあちらでお休みになってください」と個人の寝室の方を勧めてくれた。
「駄目だ――、手を出したりしないから一緒に寝よう」
眠ったのかと思っていたのに、クリストファーは俺を寝台に引き入れようとする。
夜着に変え、俺はエルフランに「今日はありがとうございました。おやすみなさい」とお礼を言った。
「いえ、誤解が溶けてよかったです」
随分遅い時間になってしまった。エルフランは、これから街のマリウスとの家に帰るのだろう。
「マリウスに、しばらくショコラは無理そうだとだけ伝えてください」
苦笑しつつエルフランは頷いて、帰っていった。
クリストファーの腕に包まれて、眠ろうとしてふと思い出す。
「クリストファー、俺、少し身体を鍛えるの控えたほうがいいかな? 細い華奢なの方がクリストファーは好き?」
好きな相手によく思われたいと思うのは、人間として至極当然のことで、俺はそれを恥ずかしいこととは思わない。ただ、もう子供の頃の身体に戻ることは出来ないけれど。
「何故? お前の身体はどこも気持ちがいい。この身体はお前の努力の結果だろう」
「本当にそう思っている?」
「ああ、私より大きくなっても平気だ。その時は、私が抱いてもらおうか――」
クスリと笑ったクリストファーが頭を撫でてくる。
どうやらクリストファーの愛は、俺が思っていたよりも深いようだった。それはちょっとどうなんだろうと思いつつ、俺たちは互いの体温の熱さで目覚めるまでぐっすりと眠った。
目覚めた後は、いつものように二人で風呂に入り、エルフランがいないのをいいことに愛を確かめ合った。俺をいつも以上に優しく蹂躙するクリストファーの愛撫に俺がのぼせてしまったことは、エルフランには内緒の話である(多分ばれているとは思うけど)。
俺はそんな感じで、散々なショコラデーを味わったのだが、このイベントは思いのほか人々に受け入れられて、マリウスに感謝されている。しばらく、ショコラの匂いを嗅ぎたくなくて、彼の店にはいけなかったけれど。
Fin
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