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父はその日長期出張で家に居なかった。私も習い事で家を空ける予定だったのだが、突如教師の都合により帰宅が早まったのだ。私はまだ夕焼けにもなっていない空の下、郊外の団地に構えた小さな一軒家を目指す。
見慣れた玄関の前で、私は一人眉を潜めた。家の外から、何かの楽器の音がしている。私は音楽の素養は皆無だが、それはお世辞にも美しい音色ではなかった。
慎重に家の鍵を開けて、その音の出所に向かう。父の書斎だった。母が少し錆びたアルトサックスを吹いており、仰天したのをよく覚えている。
その場に棒立ちしている私に気付き、母は目を丸くした。
「あら、和子。お習字は?」
「先生の息子さんが学校で大怪我をしたから、中止になったの」
「まぁまぁ、大丈夫なの?」
「足の骨折だから、命に別状はないみたい」
「そう、それは良かった」
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