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『椅子に座るは春夏秋冬の』
私は春が嫌いだ。
静寂は溶けだし、動植物は目覚めの時を迎え、残酷なほどに美しい世界は私を置いて穏やかに芽吹き出す。
自分だけが融けきれないままそれらは息づく。
そんな感覚が私を飲みこむ。
私は春を好きにはなれなかった。
けれどそれも、もう昔のことだ。
それは酷く暖かい一年前の事だった。
目が合った気がした。
一昨日降った雨をものととせずに廃屋の隣にせり立つ木は美しい花弁を風にそよがせている。
そんな花弁が移り込む大きな空の色を模したような瞳に僕は魅入った。
花のように美しい髪の毛はまるで猫の毛のようにしなやかで、蒲公英の綿毛のように柔らかそうで。
けれどいつも不釣り合いな程に重たい黒を身にまとっている。
黒いヴェールのついた帽子ががとても印象的であった。
まるで喪服のような服装に私は息を飲んだ。
そこだけ時が止まったかのように、けれど空を舞う花弁が時間の流れを感じさせる。
それはそれは大きな桜の木だった。
木陰には何故かぽつんと置かれた雨ざらしの揺りかごのような西洋椅子がゆらり、ゆらりと揺られている。
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