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東武東上線新河岸駅の南側踏切を東へ10分ほど歩くと、新河岸川の旭橋へ出る。この一帯がかって江戸と川越を結んで、物資などを運んだ新河岸川舟運の出発点であり終着点でもあった。今この場所は川越指定史跡新河岸川河岸場跡となり、記念碑が建てられていた。
早春の川越はとてつもなく寒かった。その上、此処は川だ。
防寒着を身に纏っていない私には耐えられそうもなかった。
でもそんなことは気にもしていない先輩は記念碑をずっと見ていた。
「あのー、寒いのですが……」
堪りかねて私は言った。
「そうか。言ってなかったな」
「当たり前です」
私の口調は思いの外強かった。家を出る時、春の陽射しを暖かいと感じた。
だから薄手のコートで来てしまったのだった。でももし事前に言われていたとしてもきっとこの服装を選んだに違いない。その日の朝はそんな春らしい陽気だったのだ。だから本当は先輩のせいではなかったのだ。
それでも、全然気を遣わない先輩に言ってやりたかった。
「だったらこのくらいにするか?」
先輩の言葉に頷いた。
「桜が咲くと、この川は一大イベント会場になるんだ。此処ではないけどな。たった一日だけだけ、その前に下見しておきたかったんだ」
「へー、どんなイベントなんですか?」
「そりゃ、素敵なイベントだよ」
「それだけじゃ解りません」
「そんなことより、移動しようか?」
「何処へですか?」
「ほら彼処。神社があるから……」
先輩が記念碑の裏を歩き始めた。私はそれに従うことしか出来なかった。
その神社の近くに船らしき物がシートで覆われていた。
「これもかな?」
「何が?」
「だからイベント……」
「イベント?」
「日枝神社の祭りかな?」
先輩はそう言いながら鳥居方面へと向かった。
先輩の言葉を頼りにインフォメーションボードに行ってみた。
其処には、あの船でのイベント告知があった。
「先輩、これですか?」
私が声を掛けるとやって来て、何故か首を振った。
「確か川越駅の近くに図書館があったと思う。まずは其処へ行って、川越舟運の歴史調べだ」
「えぇー、まだやるんですか?」
「当たり前だ。まだ始まったばっかりだ」
先輩は息巻いていた。
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