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「ああー、先が思いやられる」
私の本音の呟きが聞こえなかったのか? それとも耳を塞いだか?
私はまだまだこの先輩にやり込められると感じて震え上がった。
そう、それは決して寒さだけのせいじゃないのだ。
いくら憧れていた先輩だったとしても、乙女を気遣う素振りさえ見せない先輩が妬ましかった。それでも図書館に行けば冷えた体が温まる。そう思った。
川越舟運江戸と小江戸を結ぶ歴史の本と、武州川越舟運の写真集が見つかった。私達は図書館の中にある椅子の付いたテーブルの上でその本を読んでいた。
「これで町おこしをやるつもりなんだ」
「町おこし? 会社の企画会議のための下調べじゃなかったのですか?」
「まぁ、それもあることにはある。そうしておかないと後々面倒だからな」
「そんなー」
私はがっかりしていた。仕事だと思って付いてきた。もしかしたら、会社をクビになる? 私は又震えていた。今度は寒さのせいじゃない。
だって、図書館は暖房が利いて暖かいはずなのだから。
「さっきも言ったけど……」
「『桜が咲くと、此処は一大イベント会場になるんだ。たった一日だけだけどな。その前に下見しておきたかったんだ』でしたっけ?」
『おっ、良く覚えているな? 感心感心。どうだ、そのついでに頼まれ事をしてくれないか?」
「何をですか?」
「口裏合わせ。つまり、お前さんが取材したものを俺と組んでやったと言ってくれればいい」
「やだ、そんなこと」
「そこを曲げて」
「どうして、其処まで遣るの?」
「この写真を見てくれ」
先輩が指し示した写真は、舟下り参加者記念写真と書いてあった。
昭和63年9月18日に実施されたようだ。
「これに乗りたかったのに、乗れなかったんだって。だから乗りたいって……」
「誰が?」
「俺のじっちゃん。だから一肌脱ぐ気になった」
先輩は悪びれた様子もなく言い切った。
結局はお祖父さんのために会社の企画に乗じただけだった。
私はがっかりしながらも、先輩のために何が出来るのか思案していた。
「その後、このようなイベントは行われていないのでしょうか?」
「さあ……、何でそんなこと聞く?」
先輩が私を見る。それだけで緊張した。
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