奪い、たい。

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奪い、たい。

 掌に拍動を感じる。荒い息をしながら、一史は閉じた睫毛を濡らしていた。  欲深なものだ。人間などというものは。いや、俺がそうなだけなのか。 「ぅ、は、ァ……」  飲み下しきれなかった唾液に一旦唇を放すと大きく口を開いたまま、薄く目を開いて晴人を見上げる。その目が潤んで、揺れて、情欲に流され掛けながら惑っているのが判る。 ―――迷うな。  流されてしまえ。過去だとか不安だとか下らないと一蹴するには重たすぎるものを、抱えたままでいいから、俺に流されろ。体を繋ぐ行為が何かの解決になるかと言えば、恐らく、それはない。それでも一時の甘味に酔いしれて問題を棚上げして、溺れる姿をみたい。そのまま、俺に沈んでしまえばいい。 「ン、わ、うわ」  領から顎へ、頬を包んで、人差し指で耳殻に触れる。びくびくと、肩が震えて紅潮が増す。しどけなく開いていた唇がきゅっと結ばれる。堪える甘い鼻声が耳を刺激した。 「ぅあ、や、」  滑らせた両手でシャツの裾を捲る。腹がくねる。明い部屋で素直に一史は服を脱ぐ。襟ぐりを抜けた髪が乱れている。伸びた前髪を切る余裕すら、なかった。明日からまた仕事だ。どんなに縛り付けて閉じ込めたいと思っても日常は進む。その日々の中で、一史の不安は、増すのだろうか。  俺は、一史を欲しがらなくなるのだろうか。 「はると、さ……」  乱れた髪のまま、見上げてきた一史の腕からシャツを抜く。そのまま、両手首を掴んで畳に押し付ける。  仰向きのまま引っくり返らされた一史は一瞬息を飲んだ。息を、飲んで、 「いや、です。」  また拒絶を口走った。  晴人を好きだといった唇と同じその唇で惑ったままの瞳で曖昧で力ない抵抗。 「すみません、駄目です。だめ、ンむ」  好きなくせに。  掴む腕に体重をかけたまま、不安から虚実を迸らせる唇をふさいだ。嫌だと言いながら、唇は素直に俺を受け入れる。いっそ、不安だとか過去だとか、思い付くまでもないくらいに侵してやろうか。腹ン中も、頭ン中も全部俺で埋め尽くしてやろうか。繋がったまま離れられないように。
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