epilogue

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 その振動に一史は体を離し、晴人のとなりに膝を抱えて座った。ふたり分の煙草の煙が絡まりあって陽炎のように揺蕩う。 「はい、」  着信に対して直ぐには名乗らない。編集にいる頃から晴人はそうだった。他の記者連はネタ元にアピールするように開口一番で名前を言う。そもそもが私用の携帯と公用の携帯でさがあるのかもしれないが。 「はい、周防です、はい。」  隣に座って聞こえてくるのは多分女性だろう声だった。  2ヶ月。互いに思いを交わして、それだけの蜜月(じかん)を過ごしても変わらず胸は不安に揺れる。それを振り払う術を一史は知らない。抱えたままで、晴人に抱き締められるしか、安堵の術を持たない。仕事をしてても、時々、晴人の動向が気になる。女性関係や恋愛関係ではない。それ以前に、『生存』が気にかかる。 「ああ、そうですか、はい。二月(ふたつき)経つ前でよかったです。」  その声に耳を傾けながら、膝を抱える。ノートパソコンの画面の中には夏休みの宿題を評価するためらしい計画表が打掛けのままカーソルを点滅させていた。晴人の左手に挟んだ煙草が、じわわと短くなる。なんとなくそれが心地よくなくて、一史は目をそらして自分の煙草を()んだ。 「俺じゃなくて、ですか?……そうですか、あ、はい。おい、」 「はい」  急に呼ばれて耳がそばだつ。まるで晴人の声を待っていたように、返事はすぐに唇からこぼれる。 「電話」 「え。」  いいから、と押し付けられて困惑する。宛がった頬に晴人の体温の残りが触れる。 「はい、」 『一史さん?』  記憶に久しいハスキィな声。それなのに少し明るく感じるのは、一史の願望なのだろうか。 「マサキ?」 『うん。あたし、一史さん、元気?』 「うん。元気」  素直に返して、隣で晴人が肩を震わせているのが判った。確かに省みてみれば、まるで同級生の会話みたいだ。それも、中学生くらいの。
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